畑耕一 -人と作品- 天瀬裕康(作家)

畑文学における怪談と総括


畑耕一 幽霊画コレクションを手に
 大雑把に分類すれば、畑耕一は大衆文学作家の範疇に入るであろう。
彼の業績を眺めると、文学的にも政治的にも特定の偏向した立場はとらず、世につれて流されたように見える。彼は商家の嫡男の運命には従わなかったものの、仏具製造に関わる漆問屋のやや暗いイメージや、寺が散在し墓地も遠くなかった堀川町界隈は、耕一少年にとっては「怖れ」に繋がり、世俗的な創作態度の奥に、深い翳りを作った。
 じっさい、野球ファンという一面や、曾我廼家五郎との文通などに見られる「笑い」の面は、デビュー作「怪談」以来の、数々の怪談や奇譚、学問的価値のある幽霊画の収集や『変態演劇雜考』(文芸資料研究会 昭和3年)などの評論の蔭で色あせ、精神の暗黒面に目を向けさせるが、ここで触れておきたいのはM・R・ジェイムズの翻訳草稿のことだ。
 イギリスのM・R・ジェイムズ(1862~1936年)は、ケンブリッジ大学副総長やイートン校校長を務めた学者で、その研究の傍ら怪奇小説を執筆している。畑が翻訳した原著は、「作者の言葉」を序文に持つ、『Collected Ghost Stories of M.R. James』(Edward Arnold 社 1931年)であるが、畑の翻訳は出版されることはなかった。
 畑耕一は、広島文芸界への貢献が大きかった割には忘れ去られており、今その名を知る者は多くはないが、幻想怪奇文学を主体に演劇面などからも、再発掘と顕彰が望まれる作家である。


とねりこの樹
海外怪奇小説の翻訳草稿
「とねりこの樹」
(M.R.James/著 畑耕一/訳)
河のおもて
海外怪奇小説の翻訳草稿
「人形屋敷の怪」
(M.R.James/著 畑耕一/訳)
人形屋敷の怪
海外怪奇小説の翻訳草稿
「河のおもて」
(モーパッサン/著 畑耕一/訳)