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新村 容子/著 -- 汲古書院 -- 2014.1 -- 222.065

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所蔵館 所蔵場所 請求記号 資料コード 資料区分 帯出区分 状態
中央 書庫B2 /222.0/にい/ 180237264X 一般書 可能 利用可 iLisvirtual

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館名 所蔵数 貸出中数 貸出可能数
中央 1 0 1

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タイトル 眠る鯉
著者名 伊集院 静 /著  
出版者 文芸春秋
出版年 2003.1
ページ数等 245p
大きさ 20cm
分類(9版) 913.6  
分類(10版) 913.6  
内容紹介 誰の人生にもせつない季節がある。六月晦日の朝、一人の老人が鉄橋の下で眠るように死んでいた。秘められた過去が人生に突きつける刃の痛み。表題作など、7篇を収録。『オール読物』掲載。
著者紹介 1950年山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業。広告代理店勤務、フリーのCFディレクター、作詞活動等を経て、「乳房」で吉川英治文学新人賞、「受け月」で直木賞を受賞。 
内容注記 内容:花いかだ 川宿 う八 しぐれの実 時計の傷 ラビット君 眠る鯉
ISBN 4-16-321540-9 国立国会図書館 カーリル GoogleBooks
定価 ¥1429
本体価格 ¥1429
特定資料種別 図書
URL https://www.library.city.hiroshima.jp/winj/opac/switch-detail.do?bibid=1110758539

内容一覧

タイトル 著者名 ページ
序章
第Ⅰ部 「黄爵滋ネットワーク」から「清流党」へ
第1章 「宣南詩社」に関する覚書
第2章 「黄爵滋ネットワーク」の形成
第3章 道光十年(1830)の3回の集会について
第4章 「黄爵滋ネットワーク」から「清流党」へ
第Ⅱ部 アヘン戦争と「黄爵滋ネットワーク」
第5章 道光十五年(1835)黄爵滋「敬陳六事疏」・「片奏」について
第6章 「弛禁上奏」再論
第7章 道光十六年(1836)四月四日「江亭展禊」について
第8章 アヘン戦争前夜における清朝中央の政策決定過程
第Ⅲ部 幕末日本人とアヘン戦争
第9章 塩谷宕陰『阿芙蓉彙聞』について
第10章 佐久間象山と魏源
終章
1.本書の課題
2.本書の論点と構成
3.本書で用いる史料
はじめに
1.1960年代、楊国〓・謝国〓・謝正光の研究
2.1970~1990年代、中国における研究動向
3.1992年、Polachek,James M.による新たな研究視角
4.2008年、魏泉による新たな研究視角
おわりに
はじめに
1.道光六年(1826)の黄爵滋主催の集会
2.道光七年(1827)と八年(1828)の黄爵滋主催の集会
3.道光九年(1829)三月二十八日「江亭雅集」
4.道光九年(1829)五月・六月の黄爵滋主催の集会
おわりに
はじめに
1.道光十年(1830)四月九日の「江亭雅集」
2.道光十年(1830)六月十三日、潘曾瑩主催の集会
3.道光十年(1830)九月十九日の「江亭雅集」
おわりに
はじめに
1.連年の大水害と「黄爵滋ネットワーク」
2.黄爵滋主催の集会-1832~1834年-
3.黄爵滋上奏とその反響-「綜覈名実疏」を中心として-
おわりに
はじめに
1.道光十五年(1835)、北京における黄爵滋の名声
2.道光十五年(1835)九月九日の黄爵滋上奏-「敬陳六事疏」と「片奏」-
3.「敬陳六事疏」第6條・「片奏」の衝撃性
4.「黄爵滋ネットワーク」の情報と黄爵滋
おわりに
はじめに
1.許乃済「弛禁上奏」に関する先行研究と未解決の課題
2.「弛禁上奏」は呉蘭修「弭害」をいかに改訂しているか
3.阮元と「黄爵滋ネットワーク」
おわりに
はじめに
1.道光十六年(1836)二月と三月の小集
2.道光十六年(1836)四月四日「江亭展禊」
3.道光十六年(1836)九月九日「重九修禊」
4.黄爵滋宛書簡と詩
5.道光十六年(1836)の黄爵滋上奏文
おわりに
はじめに
1.黄爵滋・許球・林則徐
2.「重典」政策と両広総督〓廷〓(1836~1839年3月10日)
3.林則徐広東派遣の意味について
4.張際亮と林則徐
5.姚瑩情報と林則徐
おわりに
はじめに
1.「阿芙蓉彙聞叙」について
2.『阿芙蓉彙聞』各巻の内容紹介
おわりに
はじめに
1.イギリスにいかに対抗するか-陸戦か海戦か-
2.共通する主張-西洋式鉄砲・軍艦の導入-
3.共通する主張-外国書の翻訳-
4.なぜ共感したのか
おわりに
1.本書の議論のまとめ
2.アヘン戦争前夜の清朝社会と「腐敗」批判キャンペーン
3.林則徐の政策と「黄爵滋ネットワーク」
4.イギリス艦隊の来訪と「黄爵滋ネットワーク」の人々
5.当時の中国知識人はイギリス艦隊来訪をどのように認識していたか