鈴木三重吉と「赤い鳥」の世界 制作:広島市立中央図書館

三重吉文学碑マップ

鈴木三重吉生誕の地碑

鈴木三重吉生誕の地碑
広島市中区紙屋町 エディオン本店北側壁面
昭和63年(1988年)6月、鈴木三重吉「赤い鳥の会」設置。レリーフは比治山大学教授であった吉田正浪氏の作。

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鈴木三重吉記念碑「夢に乗る」

鈴木三重吉記念碑「夢に乗る」
広島市中区基町 こども図書館・こども文化科学館前
昭和30年(1955年)5月、鈴木三重吉顕彰会建立。彫刻家 円鍔勝三氏によるブロンズ像で、小鳩を抱えた子どもが魚に乗っている。台座の「鈴木三重吉記念碑」は、小宮豊隆氏による。円鍔勝三氏の出身地尾道市御調町の円鍔記念公園には、同じく「夢に乗る」と名付けられた像があり、こちらはラッパを吹く少年が魚に乗るモチーフとなっている。

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「赤い鳥」文学碑

「赤い鳥」文学碑
広島市中区大手町 相生橋東詰原爆ドーム横
昭和39年(1964年)6月、鈴木三重吉顕彰会建立。肩に鳩を乗せた三重吉の胸像の台座は本を模しており、「赤い鳥」の文字と三重吉の好きだった馬が彫られている。右側の少年と少女が座る台座には三重吉の筆で「私は永久に夢を持つ。たゞ年少時のごとく、ために悩むこと浅きのみ」の碑文がある。円鍔勝三氏作。

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鈴木三重吉墓碑

鈴木三重吉墓碑
広島市中区大手町三丁目10番6号 長遠寺内
昭和23年(1948年)6月の三重吉13回忌に鈴木家の菩提寺である長遠寺に建立された。墓碑の「三重吉永眠の地 三重吉と濱の墓」の文字は、三重吉自身が生前に書き残したもの。

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「千鳥」文学碑

「千鳥」文学碑
江田島市能美町中町
昭和38年(1963年)4月建立。明治38年(1905年)、東京帝国大学を休学した三重吉は、能美町の旧下田邸に滞在。ここで得た題材をもとに、処女作「千鳥」を書き上げた。「親のそばでは泣くにも泣けぬ 沖の小島へ行って泣く」の碑文は、三重吉から加計正文氏宛てられた葉書に書かれていたもの。

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「山彦」文学碑

「山彦」文学碑
安芸太田町加計 吉水園入口
昭和32年(1957年)、加計三重吉顕彰会による建立。明治39年(1906年)、三重吉は親友加計正文氏を訪ね、加計家の山荘吉水園の吉水亭に一週間ほど滞在した。その後、加計の自然と風土を舞台に第二作となる小説「山彦」を書いた。三重吉が加計正文氏に宛てた手紙の一文とともに、小宮豊隆氏による碑文が刻まれている。

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