畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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たいまつ・・どぎもどぎも ず 窓々のうちらには人影が駆けまわった。厩の櫓にある時計が、コーンと一つ鳴った。パッとあたりは暗くなった。 この暗黒は、もう一度追っ払われて、屋敷の前面が現われた。階段の下には暗い人影が、燃える松明をささげながら、二列にならんでいた。もっと暗い人影が、階段を降りて来た。先頭の人影もつづく人影も、ちいさな棺を運んでいた。こうして松明をもつ人影の列は、彼等の間に棺を肩にして、しずしずと左手のほうへ行進した。― 夜の幾時間が経過した―決してゆっくり経過したのではない―と、ディレット氏は考えた。が、だんだん彼は坐に耐えられなくなって、ベッドに崩く折おれた―でも、眼は閉じなかった。そして翌朝早く、彼は医師を迎えにやった。 医師はディレット氏が、ひどく神経を掻き乱されていると診断した。海の空気がいいと勧めた。彼はそこで、東海岸の静かな場所へ、馬車で気随気儘な旅をした。 臨海村で、ディレット氏がはじめに出会った人々の中に、偶然、チッテンデン氏がいた。彼も同じく、転地のため妻君をここへ連れて来るように、医師から勧められたものらしかった。 チッテンデン氏は、出くわした時、いささかディレット氏へ、まともに顔が向けられないようだった。それは理由のないことではなかったのだ。―彼は言った。 『はあ、私はあなたが、なにか度胆を抜かれなすったにちがいないと思いますよ。ね、ディレットさん。何でかって?ええ、そう、こう申しあげてもいい―あなたは私や病気の家内が、商売上やってのけたことを、承知していらっしゃりながらも、たしかに、恐ろ度胆を抜かれなすったんだ―とね。ですが、ディレットさん。この判断はあなたにおまかせしますよ。二つに一つの判断をね。二つに一つとは、私が一方ではあんな可愛らしい逸品を、うっちゃって廃物にしなきゃならんのか、それとも、お客様に、“私はあなたに筋の立った、活人画式の宮廷劇を―午前一時には必らず開演と番組をつくった、むかしの事実そのままの生きた宮廷劇を―売ってさしあげます”と、申してよろしいのかの二つに一つなんでさあ。ねえ、おっしゃることはござんすまい。なんですって?あれを私の店にお返えしなさる― 96 ―

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