畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ガーメン か しるしドア・ケースガーメンた。だが、その態度動作には、いっこう悲しみの徴候はなかった。たしかに彼等は、すこぶる元気よく笑い話をしていた。時には夫婦同士で、時には子どものどっちかへ言葉を投げ、その答でまた笑った。それから父は、ドアのそばの釘にかけてある、白い長上衣トをとって来ようと言いながら、爪立てして部屋から出て行くらしかった。彼は自分のうしろにドアをしめた。 一分か二分もたって、ドアはそろそろと開いた。白いなにかで包んだ首が、ドアのあたりを捜すようにのぞきこんだ。気味のわるい、腰のまがった或る姿が、輪附寝台のほうへあゆみ寄った。突然、立ちどまったかと思うと、両手をつきあげて、正体をあらわした。それは笑っている父だった。子ども達はおびえきっていた。男の子はあたまから夜具をひっかぶり、女の子はベッドから飛び出して、母の腕へ身を投げかけていた。 すぐふた親は子ども達をなぐさめた。膝に腰かけさせ、頭をなで、白い長上着トをつまみあげて、これをかぶったのだよ、なんでもないことだよというように、指ざしたりした。そしておしまいに子どもを抱えて寝台に置き、励ますように手を振って、部屋から出て行った。入れ代りに乳母がはいって来た。そして間もなく部屋の灯あ火りは消された。 まだディレット氏は、身うごき一つしないで、注視をつづけた。 新たな光―ランプでも蝋燭でもない―蒼ざめた嫌な光が、背後の扉枠のぐるりを漏れて、ぼんやり部屋へ射さしこんで来た。ギ、ギ、ギイと、ドアはまた開きはじめた。 目撃者は、いまこの部屋へはいって来たものを、くわしく説明する気にはなるまい。それは、頭にすこしばかり白髪が残っている―人のかたちの―蛙だとでも描出され得よう。それは子どもの寝ている輪附寝台のあたりを、長い間ではなかったが、しきりにうごめきまわった。叫び声―はるかに遠い彼方から来るようなかすかな―だが、まさに、底知れぬ凄まじい叫び声が、耳にひびいた。 おそろしい動揺が、この人形屋敷を蔽うた。灯火は上へ下へと動いた。あちこちのドアは、開いたり閉じたりした。― 95 ―

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