畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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フォア・ポスター・・・ か か ひきだしくえていた。彼の四柱寝台は、高価な貴重品だった。それは広くて、彼はそこで書きものをしたり、時々坐りこんで客を迎えたりもした。その晩彼は、極上々の機嫌で、そこへ行った。 この部屋は、どこの時計の音も―階段の時計も、厩の時計も、遠い教会堂の塔の時計も、聞えて来ない部屋だった。ところが、ディレット氏は、コーンと一時をうった鐘の音で、甘睡から呼び醒まされた。それはたしかにうった。 ひどく驚いたので、彼はパッと大きく眼いたまま、息を呑んでいたが、それだけではおさまらず、ほんとうにベッドの中で起きあがった。 その部屋には、全然灯あ火りはなかったのだが、抽斗卓づの上の人形屋敷は、クッキリと浮きあがって見えた。どうしてそう見えたのか、朝になるまで、彼は自問しようとはしなかった。だが、それはまさにそう見えたのだった。 この事実は、輝やかな秋の月が、一箇の大きな白い石造建築の前面を隈なく照らした場合、それが四分の一哩の彼方にあろうとも、あらゆる部分が写真のような鋭敏さで見えるのと同じだった。―人形屋敷のぐるりには樹があり、また礼拝堂や屋敷のうしろにも樹が聳えていた。ディレット氏は、涼しく静かな九月の夜の匂いを感じるように思った。彼は、なんだか、厩で馬が動いているような、折々の足踏みの音、ガチャガチャいう音を聞いたように思った。そして屋敷の上方へ眼をやると、絵のかかった自分の部屋の壁を見るのでなく、実はふかぶかと青い夜空を見入っているのだと知って、また一つギョッとした。 窓々には、一つ以上の灯あ火りがともっていた。そしてディレット氏は、この屋敷は、動かすことのできる正面をもった、あの四つの部屋の屋敷ではなく、沢山の部屋と階段のある屋敷―望遠鏡を逆にのぞいて見るような、小さな屋敷ではあっても、現実の屋敷であったことに、すぐさま気がついた。 『お前達は、わしに、なにかして見せようと言うんだな。』と、彼はひとりつぶやいた。そして懸命に、灯火のついた窓々を凝視した。窓々は実生活では、鎧戸をしめられたり、カーテンを引かれたりしなければならない筈だがと、― 91 ―

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