畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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フォア・ポスターの、ディレット氏の回顧的なつぶやきだった。『ただ偉なるかな、今日のわが日よだ!まさによき日よだ!今朝わしは、この人形屋敷を求めるためには、五百磅もいえども苦にしないつもりでいたんだが、それがなんと、たかだか市価の十分の一で、わしの手にころがりこんだのだ。よしよし!だがこうなるとまた、この幸運に逆のことが起りそうで心配にもなる。まあ、とにかくなかにお住居の人形さん達を見てみよう。』 そこでディレット氏は、自分の前に人形を一列にならべた。またここで、誰か人形の衣装目録をつくりあげて御覧に入れなければならんわけだが、筆者にはそれはできない。 そこには一人の紳士人形と淑女人形があった。それぞれ青い繻子と紋織の服をつけていた。そこには男の子と女の子の人形があった。料理人、乳母、下男の人形もあり、厩丁や、二人の騎手や、馭者や、二人の馬丁の人形もあった。 『ほかにおいでかな?うむ、まだおいでのようだ。』 寝台の四柱寝台のカーテンは、四方ともしっくり引きまわされていたので、ディレット氏は、指をカーテンの中へ差し入れてみた。たしかにベッドは感じられた。ところが彼は急に指をひっこめた。というのは、ベッドを押えた時、どうやら、なにか妙なぐあいに生きているもの―動いたわけではないが、他分そう認めていいもの―があるように思われたからだった。すぐ彼はカーテンを竿づたいに引きのけた。白髪の老紳士の人形が、長いリンネルの寝間着とナイト・キャップをつけて、ベッドにねころんでいるのを引っ張り出した。ここで話は一段落だった。 夕食の時間も近かったので、五分ばかりかかって、ディレット氏は、淑女や子供達を客間へ、紳士を食堂へ、下男達を台所や厩へ、老人をベッドへ戻した。それからつぎの化粧部屋へ行った。―で、読者も筆者も、まず夜の十一時頃までは、もう彼を見かけることも聞くこともないのである。 ディレット氏は、気まぐれに、自慢の蒐集品にとりまかれて眠る癖があった。今彼が現われた大きな部屋には、ベッドが備えつけてあった。その部屋は、浴槽や、衣装箪笥や、いろんな化粧道具の置かれている、便利な部屋に隣っ― 90 ―

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