畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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・・ ん 『君は、こうした品をずいぶん幾度も手に入れたことだろうな?』と、ディレット氏は、これから描出される筈の、或る物体を指しながら言った。そしてそう言った時、彼は喉の奥でごまかした。彼は自分で、心にもないことを言っていること知っていた。チッテンデン氏は、幾つかの州から、隠れた宝を発見したほどの、この方面での熟練家だが、こうした待望の参考品に手を触れることができたのは、この二十年間に一度もなかった。―いや、おそらく一生にもないと思われた。この参考品は蒐集家の話の種となるものだった。チッテンデン氏も、そう認めた。 『ディレットさん。こうした品は、博物館物ですよ。たしかに。』 『なんでも採用する博物館は、かなりあると思うね。』 『数年前に、こんなのを見たことがあります。こんなにいいものではありませんが。』と、チッテンデン氏は、考え深く言った。『なんにしてもこれは市場に出るような物じゃありません。あの連中は、向岸王時代〔英国王ジームズ二世時代。同王が一六八九年仏国へ逃走した時、その党員は王を海峡向岸の王と称していた。〕のいい品を持っているといいました。だが、ディレットさん。うちあけて申せば、もしあなたが、この飛び切り品のために、一覧払いの小切手をぽんと投げ出してくださるなら―そして、私が、こうした品を識別する力をもち、こうした品を保証するだけの信用をもっていることを知ってくださるなら―そこで私の言える言葉としては、すぐさまあなたを、あの品の前へおつれして、“私には、もうこれ以上のことはできませんよ”と、申しあげることなんです。』 『ヒヤヒヤ!』と、ディレット氏は、拍手代りに、店の床板をステッキの端で、皮肉げにたたいた。『君は、そのために、お人よしのアメリカ人の買手を、どれくらいはめ込んだかね?え?』 『どういたしまして。私は、アメリカ人でもどこ人じでも、買手にむちゃをしたことはありませんよ。ごらんなさい。人形屋敷の怪― 86 ―

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