畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
72/172

、、、、 、、、 め 存している。そして、僕は、隠顕インキでも使ったのじゃないかと考えて、その後いろいろ験たしてみたんだ。だが、まるでわからない。 『まあ、話を進めるが、三十分ばかりしてサムプソン先生は、戻って来られた。そしてどうも気分が悪いから、みんな帰ってよろしいと言われた。先生はむしろ静かにデスクへ行かれた。そして一番上の例の紙に、またちょっと目を落された。先生は、自分で夢でも見ているんじゃないかという顔をされた。とにかく、先生はもう、なにも訊こうとされなかつた。 『その日は、半どんの日だった。翌日、サムプソン先生は、いつもにちがわず、学校へ出られた。その晩のことだ。第三の、そして最後の事件が起ったのは。 『僕とマクロードは寄宿舎で寝た。寄宿舎は本館とは直角になっていて、その二階にはサムプソン先生が寝ていられた。実にあかるい満月の夜だった。正確に言うことはできないが、なんでも一時と二時の間だったと思う。僕は誰かに揺り起された。見ればマクロードだ。なんだかせかせかした様子で、“おい、泥棒だよ。サムプソン先生の部屋の窓へ、はいったよ!”と言った。“じゃ、なぜ大声で、みんなを起さないのだい?”と、僕はできるだけ早口に言った。“いや、誰だかよくわからないんだからね。騒いじゃいけない。まあ来てごらんよ。”と彼は言った。僕はひどく焦じれて、マクロードの名を、むやみに呼ぼうともした。ただ―自分にもわけはわからないが―なにか変事があったように思えもし、それに自分一人で直面しなかったとは、ほんとによかったと思った。 『僕達二人は、じっと窓からのぞき出していた。僕は口早やに、どうしてマクロードがこの物音を聞きつけたのかときいた。“僕はまるでなんにも、聞きつけたんじゃないよ。だが、君を起す五分ばかり前に、僕はいつの間にかこの窓からのぞき出していたんだよ。すると、サムプソン先生の部屋の窓閾に、一人の男がからだを乗りかけて、中をのぞき込みながら、手招きしているようじゃないか。”と、彼は答えた。“どんな風の人だい?”こうきくと、マクロー― 72 ―

元のページ  ../index.html#72

このブックを見る