畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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『―或る時、“記憶すること”という言葉を、ラテン語でどう表現するかを教えるにあたって、先生は、動詞のmemini(私は記憶する)を使って、文章を作れと命じられた。で、大部分の生徒は、“私は私の父を記憶する”とか“彼は彼の本を記憶する”とかいった、みな変哲もない普通の文章を作った。Memino librummeum(私は私の本を記憶する)と書いたのが、一番多かったように思う。ところが、さきに言ったマクロードという生徒は、たしかに、そんなことよりも、ずっと巧妙な文章を考えようとしていたんだね。ほかのみんなは作った文章をパスさせてもらって、もっとさきに進ましてもらいたいと思った。で、机の上から彼を蹴った。僕は彼の隣りに腰かけていたんだが、彼をつついて、早くしろとささやいた。でも、彼は平気だった。僕は彼の紙をのぞいて見た。まるでなんにも書いてはいない。で、また僕は肱で、前よりも強くついて、僕達みんなを待たしちゃいけないと、するどく叱った。するときき目があって、彼はハッと気を取り直したように、手早く紙に二行ほどなぐり書きをした。そしてその紙を残りの生徒といっしょに差出した。それは締切りの一番おしまいか、或はおしまいに近い答案だった。ところが、サムプソン先生は、meminisciが祖先を記憶す)云々と書いた生徒達に、なにかごてごて言っていられたので、マクロードの答案の番になる前に、とうとう十二時の時計が鳴った。で、マクロードは、あとに残って、文章を直してもらわねばならなかった。 『僕が教室を出た時、そとにはいくらの生徒も出ていなかった。で、僕はマクロードが出て来るのを待った。やがて彼はいかにものろのろ僕のそばへやって来た。僕はなにかおもしろくないことがあったなと思った。“先生になんて言われたの?”と、僕はきいた。“うん、べつになんにも”と、マクロードは言ったが、“だけど、サムプソン先生は、なんだか僕が嫌いのようだ。”“ばかげたことでも書いて出したんじゃないかね?”“ううん。僕は一所懸命に、まちがわないように書いたんだよ。mementoね。だから僕はこう書いた。―memento mus patri puteinter meo ゼニテイヴ―これは、記憶せよということにまちがいないだろう。この言葉は属格をとるi quatuor taxos(四つの木の間の井戸を記憶せよ)とね。”“ば(われ等はわ― 69 ―

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