畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ルル ポピュレーションショック なおなにか続けようとした牧夫の言葉の中へ、ほかの声々が飛び込んだ。キャンプからの救いの人々が到着したのだった。二三、忙しげな応答がすむと、全員はまっしぐらに芝山を駆けおりた。 彼等が原っぱに足を踏み入れようとすると、スタンレイ・ジャッキンズの屍体を肩に垂らしたジョーンズ氏に出くわした。ジョーンズ氏は、それが樹にひっかけられて、フラフラ揺れているのを、枝を切っておろしたのだった。屍体には一滴の出血もなかった。 翌日、ジョーンズ氏は、あの林の樹という樹を切り倒し、原っぱの草むらという草むらを焼き払うという趣旨を言明して、斧をひっさげ、敢然として出向いた。ところが、氏は、片脚にひどい切り傷をこしらえ、折れた斧の柄をもって戻って来た。氏は火の粉一つ燃えあがらすこともできず、樹一本取り除くこともできなかったのだった。 筆者は、嘆きの井戸の現在人口は、三人の女と、一人の男と、そして一人の少年からできあがっていることを聞いている。 アルジャーノンとウィルフレッドが受けた衝撃は、ずいぶんひどかった。両人とも即刻キャンプを去った。そしてこの怪事は、言うまでもなく、当時の人々―死んだ大ジャッキンズを除いて―には、暗黒裡に葬られてしまった。この死者の魂乃至精神を再生すべき第一人者は小ジャッキンズだった。 これが、スタンレイ・ジャッキンズの身の上話であり、またアーサー・ウィルコックスの身の上話である。筆者は今までこの事が、どこでも語られたことはなかったと信ずる。もしこの話が道モ念ラをもっているとすれば、その道モ念ラがなにかは、明白であると思う。もしもっていないとするなら、どんなふうにこの話を修正すべきか、筆者にはよくわからない。― 62 ―

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