畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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おり びよ よび ウカスげ 彼は急いで、スタンレイ・ジャッキンズへ視線を移した。スタンレイは、茂りのほうへ、やや足早やに進もうとしていた。その動作は義勇団ト員のおきまり通りだった。たしかに彼は噛みつく木の枝を踏んづけぬように、茨の棘とにひっかからぬように、注意して歩を運んでいるのだった。彼は、なにも見かけないものの、或る待ち伏せを用心して、音を立てないようにしているのだった。 これらのことを、ウィルフレッドは、ことごとく認めたのだったが、その上に、彼はまた、もっと以上のものを認めて、たちまちハッと胆を冷やした。彼は樹の間に、なにか或るものが待ち構えているのを知った。しかも、もう一つ―それは牧夫が話したような、恐ろしげな黒い姿のもの―が、原っぱの別の方面から、足跡づたいにそろりそろりと、あたりを見まわしながら、動き出した。しかも更に悪いことには、第四のもの―まちがいなく、今度は男だったが、―不幸なスタンレイの二三ヤードうしろの茂りから、ヒョロリと姿を現わし、いかにも苦しげな様子で、足跡の間に這い込んで行く―あわれむべきスタンレイは、遂に四方を遮断されたのだった。 ウィルフレッドは、途方に暮れてしまった。すぐアルジャーノンに飛びついて、ゆすぶった。『起きろ。』と、彼は言った。『叫けべ!声かぎり叫ぶんだ。おお、僕たち、呼子笛こを持ってらなあ!』 アルジャーノンは、元気をとり戻した。『ここにあるぞ。』と、彼は言った。『ウィルコックスのだ。落して行ったのだ。』 そこで一人は呼子笛こを吹き、一人は叫んだ。静かな大気の中に、響きは伝わった。スタンレイは聞きつけた。立ちどまった。ぐるりを振り返えった。たちまち彼は叫び声をあげた。山の上から二人の少年が発した声よりも、ずっと鋭いもの凄い叫びだった。 だが、もう手おくれだった。スタンレイの背後にうずくまっていた黒い姿は、彼に飛びかかり、その腰のあたりを、ひっつかんだ。前方に立っていた恐ろしい女の姿は、また両手を振った。得意げに雀こ踊どしているのだった。樹の間に― 60 ―

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