畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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『ああ、そうだ。ジャッキンズだ。樹のほうへ、まっすぐ進もうとしているんだ。』と、ウィルフレッドが言った。 この時、一所懸命に眼を据えていたアルジャーノンが、突然叫び声をあげた。 『や!足跡の上になんだか?四つの足跡の上―おお!あの話の女だ。おお、見たくもない。なんにも起りませんように!』と、こう言いながら、彼は気でも狂ったようにころがりまわって草をひっつかみ、それに頭を埋めようとした。 『そんな事はやめろ!』と、ジョーンズ氏は声高かに言ったが―駄目だった。氏は叫んだ。『さあ、私はあすこへ降りて行かなくちゃならん。ウィルフレッド、お前はここにいて、アルジャーノンに気をつけてくれ。ウィルコックス、お前は一所懸命にキャンプへ走って行って、誰かもすこし人を連れておいで。』 ジョーンズ氏とウィルコックスは二人とも駆け出した。ウィルフレッドは、ひとり残ってアルジャーノンを鎮しめようとベストをつくした。が、とてもよくはならなかった。時々彼は山の下や野のほうへ眼をやった。―ジョーンズ氏は、大股に飛んで、近かづいて行ったが、おやっと驚いたことには、ジョーンズ氏は、ハッと立ちどまって顔をあげ、ぐるりを見まわしたかと思うと、急角度に踵を返えしたのだった! どうしたわけなのか?彼はなお原っぱのほうを見つめると、黒いぼろを着て、白っぽい綴は布ぎをそれからはみ出させているなにか―恐ろしい姿を見たのだった。細長い頸の上に乗っかった顔は、くたくたによごれた日よけの婦人帽で半ばかくれていた。 そいつは、近かづこうとするジョーンズ氏のほうへ、押し止めるように、痩せた手を振っているのだった。そいつとジョーンズ氏との間の空気は、揺れきらめくように思われた。こんなことは今まで見たこともなかった。そしてウィルフレッドは、眼を見はっているうちに、あたまの中に、なにか動転混乱するものを感じはじめ、その力が次第に緊迫して来て、誰かに及ぶのではないかと考えるようになった。 ンネボット ず ― 59 ―

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