畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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みな 『ええ。綱と缶詰を。僕達は、あすこへ行くなんて、馬鹿だと言ったんですけれど。』 『仕方のない奴!そんな食糧を持ち出して、どんないたずらをしようと言うのか!よし、お前達三人、ついておいで。あいつを探さなくちゃならない。どうしてこんな最も簡単な命令が守れないのだろう?その爺さんはどんな話をしたのかね?いや、ぐずぐずしてはいられない。あるきながら聞こう。』 彼等はすぐ出発した。―アルジャーノンとウィルフレッドは、手早やく昨日の話をした。ウィルコックスとジョーンズ氏は、高まる心配とともにそれに耳かたむけた。そのうちに彼等は、昨日牧夫と語り合った、あの芝山の嘴はまで行った。そこからは、例の場所が、十分に俯瞰された。まがった節だらけの樅も林の中に、井戸が手にとるように見えた。四筋の足跡が、茨やおどろの間に、まがりくねってついていた。 へんにぎらぎら暑い日だった。海は金属の床板のように見えた。ソヨリとも風がなかった。彼等は山のてっぺんに達した時、すっかり疲れていた。で、みんな、蒸むれた草の上にドタリと身を投げた。 『ジャッキンズの姿は、まだ一つも見受けないね。』と、ジョーンズ氏は言った。『だが、ちょっとここにいよう。お前達は元気を出して―黙って、しっかり見張るんだよ。』と、ひと息して言葉をつづけた。『なんだか、あの茂りが動いたように思うが。』 『ええ。』と、ウィルコックスはこたえた。『僕もそう思いました。ごらんなさい……いや、あれはジャッキンズじゃありません。でも、誰かですね。頭をもちあげて……ね?』 『私もそうだったと思うが、たしかではない。』 一瞬、沈黙―それから― 『いや、ジャッキンズだ。たしかに。』と、ウィルコックスが言った。『向う側の茂りを越えようとしている。見えるだろう?ピカピカする物をもって。あれは君の言った缶詰だよ。』 ― 58 ―

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