畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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茂りから姿をあらわしてスッと立ちあがり、あの井戸のあるまんなかの樹のほうへ、足跡づたいに、そろりそろりあるいて行くのを見ただよ。』 『どんなふうだったの?話してよ!』と、アルジャーノンとウィルフレッドは、一所懸命に訊いた。『ぼろ着物と骨さ!四人が四人とも、ヒラヒラするぼろ着物と、白い骨だけさ。あるいて行く時、カラカラという音が聞えるように思えただ。ほんとにそろりそろりあるいてな。あっちこっちを見まわしてな。』 『顔なんていっていいもなあ持ってやしなかった。だが、歯は持ってたように見えただよ。』 『えーっ!』と、ウィルフレッドは叫んだ。『そして、樹のほうへ行った時、なにをしたの?』 『それは言えねえだよ。』と、牧夫はつづけて、『わしはそこにいられなかったでな。いようとしたって、犬に目がはなされねえだ。あばれて逃げてってしまっただからな!こんなこたあ、あいつはそれまでしなかった。で、やっとこさあいつに追っつくと、あいつ、まるでわしを忘れちまったように、わしの喉へ喰いつこうとしただ。なんとかなだめてやると、どうやらわしの声を思い出したもんとみえて、子どもがおわびでもするように、這い寄って来ただ。わしは二度と、わしの犬にあんなになってもれえたくねえだよ。ほかの犬ならともかくもな。』 牧夫のそばに来ていて、少年達に親しげにしていた犬は、主人を見あげて、いまの話はまったくほんとうですよというふうな表情をした。 少年達は、ちょっと考え込んでいたが、ウィルフレッドは言った。『で、なぜ、“嘆きの井戸”っていうの?』 『もしあんたがたが、冬の夕方の薄暗い頃、このあたりに立っていたら、そんなことを訊こうとしなさらないだろうよ。』と、牧夫は言った。『どんな顔をしてた?見た?』― 55 ―

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