畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ウトスカ カスールパバッジトロ あれがそばへ来たら、それこそ私が、うんとあれをフェッチ〔なぐりつけて〕してやりましょう。』 義勇団ウ員トとして、スタンレイ・ジャッキンズが獲得した記章は一つもなかった。ただ、偵察隊員仲間から、ひったくったり盗んだりしたのならすこし持っていた。炊事競技では、隣る天幕のオランダ炉へ、爆竹花火を差し込もうとして見つけられた。裁縫競技では、二人の少年をしっかり縫いつけてしまったので、彼等が立ちあがろうとするとちいさな惨事をひきおこした。規律記章に対しては、彼は無資格者だった。というのは、夏の授業時間で、それが特に暑くもあろうものなら、彼はインキ罎の中に、指をつっこむのだった。彼の説によれば、涼味をとるためだそうである。彼が、落ちている新聞を拾いあげたとすれば、それは片づけるためでなく、すくなくとも六つのバナナの皮か、蜜柑の皮かを投げ入れるためであった。お婆さん達が、彼を見かけて近かづいたとすれば、それは、彼女等がせっかく汲んだ水桶を、どうぞ道のまん中へ持って行かないでくれと、涙ながらに頼むためだった。お婆さん達は、それが必定どんな結果になるかを、十分よく知っていたのだった。し、且つもっとも広範囲にわたる事件をひきおこしたのだった。 この演習は、御承知のごとく、適当な範囲から選ばれた一人の下級生を、きちんと着物を着せたまま、手足をしっかり縛りつけ、義勇団員がその少年を救うべき順番だという時機を見はからって、クックー堰のもっとも深いところへ投げこむのであった。 スタンレイ・ジャッキンズは、この競技に加わった時、どんな場合でも、いざという大事な瞬間に、はげしい痙攣の発作に襲われ、(彼の悪戯的な仮病だったかも知れない)地びたにころがりまわって、びっくりするほどの叫びを発するのだった。これは当然、水中に投げこまれた生徒に対する注意を、他に転ぜしむることになった。そしてもしそこにアーサー・ウィルコックが居あわさなかったら、ジャッキンズの七顚八倒は、一層猛烈だったかも知れないのだだが、これくらいはまだいい。救命競技に於ける、スタンレイ・ジャッキンズの行為こそは、もっとも非難に価い― 50 ―

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