畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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めん つげつの塔にちがいないと、心にとめた。その時、一羽の鳥(他分そうだったろう)が、左手の黄楊の茂の中でガサガサ音をたてた。夫人はなに心なく振り向いたが、妙なものを見てびっくりして飛びのいた。はじめは、十一月五日の祭の仮面をかぶった者が、枝の間からのぞき出したのだと思った。夫人は近かづいて見た。 それは仮面ではなかった。それは顔―大きな、すべすべした、ピンク色の顔だった。夫人は、はっきり知った。―その額からは、小粒の汗が流れ出していたこと、頤髯はきれいに剃られ、目を閉じていたことを。また夫人は、正確に、いつも考えずにはいられないくらい正確に、その口がどんなにパクッと開いていたか、たった一本の歯が、上唇から垂れていたかを知った。夫人に見られて、その顔は、茂りの暗がりへスッとひっこんだ。―夢中に走って、夫人は家に飛びこんだ。ドアをしめるなり、ヘタヘタとなってしまった。 アンストルーザー夫妻は、一週間以上、ブライトンで休養した。そこで彼等は、エセックス考古学会から、回章を受取った。それは彼等がなにか歴史的な肖像画を所蔵していはしないかという、訊きあわせだった。もし所蔵があれば、学会の保護のもとに出版さるべき、エセックス肖像画集の、来るべき計画に加えたいからというのだった。なお、学会の秘書からの手紙が添えてあって、つぎのような文句が書かれていた。― 『学会にては、ここに同封致し置き候写真の原版を、貴下が御所蔵せらるるにあらずやと、特に期待致し居り候。御覧の如く、この人物××卿は、チャールス二世下の最高法院長にて、貴下が必らずや御承知の如く、その失権後、ウェストフィールドに隠退し、慚愧痛恨のあまり逝去せられたりと想わるる人物に有之候。現時、この珍らしき記録が、ウェストフィールドにあらずしてプライア・ルーシングの登記簿にて発見せられし事は、貴下にも興味を感ぜらるべしと存じ候。その結果、右人物の死後、教区は甚だしく困却し、ウェストフィールド教区長は、すべてルーシングスの僧を招集し、この人物を供養致し候。発見せられたる記録の末尾には、“杭は西方ウェストフィールド教会墓地に隣接せる野にあり”としるされ居り候。貴下の教区に行われおる、この事実に関する口碑伝説を、御知らせたまわ― 43 ―

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