畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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つげランチ 『わたし、午前中はしなければならないことが、たっぷりありますわ。午後は、差し支えのない限り、スケッチをしようと思います。』 『そうかね。―できあがったらぜひ見せてもらいたい。』 それで話はすんだが、潅木林の中は、べつになんら荒されてはいなかった。アンストルーザー氏は、薔薇園の場所を、ほんの興味で検分した。そこには、ひき抜かれた杭が、投げ出されたままになっていた。その穴の跡も、そのままになっていた。コリンズの様子をきいてみたら、やや元気にはなったが、まだ仕事に出かけることは、とてもできないことがわかった。コリンズは、おかみさんの口を通じて、自分が杭を取り払ったことが、なにかあやまちをおかしたことにならないように望んでいると言った。おかみさんはさらに言葉を添えて、ウェストフィールドには、たくさんおしゃべり屋さんがいたが、たちのわるいのは、頑固な連中だと言った。おかみさんは、ほかの人よりもずっと長く、この教区にいるそうした連中の、いろんなことを考えているようだった。だが、彼等の語るところを綜合しても、コリンズをまったく悩乱した事実以上を、たしかめることはできなかった。彼等の言うことは、ほとんど埒もないナンセンスだった。 間食と小時間の仮睡とで気力を恢復したアンストルーザー夫人は、例の潅木林から、教会の墓地の側門が見わたせる道に画椅子を置き、心地よく腰を据えた。あたりの樹々や建物は、夫人の好画題だった。で、ここで夫人はこの二つを充分研究した。夫人は制作に没頭した。太陽が西のこんもりした丘に遮ぎられる頃まで制作することは、考えてみれば実にたのしいこととなるのだった。夫人はなお精出して仕事した。だが、日光はズンズン暗くなったので、仕上げの筆は、どうしても明日ということになった。しばらく、西の空の澄み切った緑を鑑賞しながらひと息入れて、夫人は立ちあがり、わが家のほうへ踵を返えした。それから小暗い黄楊の茂りを通りぬけ、芝生の上へ出る道の前まで来た時、また足をとめて、静かな夕暮の風景をじっと眺めた。そしてクッキリと空に区切られたものは、教会の一― 42 ―

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