畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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か ・・わ おそわれショック 『まあ、それはほんとうに変だわ。あなたは、きっと―ええ、きっと昨夜、わたしが見たと同じ夢をごらんなすったのよ。あなたはあの碌でもないクラブ・ハウスで、お茶をおあがりなったでしょう?どう?』 『いいや。お茶を一杯と、バタをつけたパンをすこし口に入れただけさ。どうしてあの僕の夢ができあがったのか、ほんとうに知りたいのだ。―僕は夢が、見たり読んだりしたたくさんの小さな事から、できあがるんだと思っているんだがね。ね、メリイ、嫌でなけりゃ聞かしてもいいが―』 『どんな夢だったか、ぜひ聞かして頂きたいわ。すっかりお聞きした上で、わたしの夢もお話ししますわ。』 『では話そう。あの夢は、ほかの悪夢とはまるっきりちがっていたよ。と言うのは、夢の中で僕に話しかけたり触さったりした者を、ほんとうに誰も僕は見ることができなかったんだし、しかも、僕はその事実を、実に恐ろしく記憶しているんだからね。―はじめ僕は腰かけていた。いや、あるきまわっていた。そこは、なんでも古風な、鏡板のはめこんである部屋だった。おぼえているが、そこには炉があって、その中にたくさん紙がくべてあった。そして僕は、なんだか知らないが、非常に不安な気持でいた。すると、ほかの誰か―下男だったと思うが、僕はそいつに、“馬だ。できるだけ早く”と言いつけたようにおぼえている。そしてちょっと待っていた。つづいて僕は、五六人の男が、階段をのぼって来る足音を耳にした。板張りの床ゆに拍車がガチャガチャ響いたかと思うと、ドアが開いた。そして、それは僕が、そうなるだろうと予期したものだった。』 『ええ、で、それはどんなことでしたの?』 『それは、言うことができない。一種の衝撃だったのだ。お前が夢をめちゃめちゃにしてしまったのだ。お前が僕を揺り起したか、でなければなにもかもが、まっ黒に見えなくなったかだ。それが僕に起ったことさ。―それから、僕は、暗壁でかこまれた大きな部屋にいた。ほかの部屋と同じに鏡板をはめこんだ部屋だったと思う。たくさん人がいた。そして僕はたしかに―』― 39 ―

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