畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ちんし あずまやるような数々の質問を、しかけられたのでした。で、彼が質問に答えをする毎に、誰か―部屋の中で彼と向き合っている人か、そのほかの人かが―なんごとか、彼に反対するように思われたそうです。どの声もみなずいぶん遠くから、かすかに響いて来るのでしたが、彼はそれをすこしばかりはおぼえていました。“お前は十月十九日には、どこにいたか?”とか、“この筆蹟はお前のか?”とかいったことを。わたくしは、彼が、むろんなにか裁判をうけた夢を見たのだと、今でもそう思います。ですけれど、その書類があるわけではなし、そして、その頃八歳だったフランクが、法廷で行われたことを、そんなにいきいきとおぼえていたなんて、ふしぎでしたわ。彼の話では、その間ずっと、大変な心痛と圧迫と絶望を―こんな言葉を彼がその時使ったとは思いませんけれど―感じたというのでした。それから、しばらくは、彼はおそろしくおどおどして、しおれ切っていたのでしたが、こんどはまた夢が別の光景になりました。彼は自分が、戸口から、ところどころ雪のある、暗い、あけきらない夜明けの中へ踏み出したことに気づきました。それは街だったか、とにかく、家並の続いている場所で、彼は、そこにもまた多勢の人がいることを感じました。そして、なんだかギシギシ軋きむ階段をのぼらされ、ひろい台の上へ立たされたのでした。ついちかくに、ちいさな火が燃えているのだけが、はっきり見えました。すると彼の手をつかんでいた誰かが、その手を放し、火のほうへ行きました。彼の話では、ここが夢の中で、一層恐ろしいものだったのだそうで、もしわたしが揺り起さなかったら、自分はどうなったかわからないと、言うことでした。子どもの夢にしては、奇妙な夢ではなかったでしょうか?ええ、いかにも奇妙な夢ですわ。―その年の、暮れぢかくだったと思います。フランクとわたしは、ここで遊んでいました。わたくしは、ちょうど夕方頃、涼亭の中で腰かけていました。お日さまが落ちはじめたので、わたしはフランクに、おうちでお茶の支度ができているか見て来てください、その間に、読みかけている本を、その章の終りまで読んでしまうからと言いました。フランクは走って行きましたが、思ったよりも手間どりました。お日さまはぐんぐん沈むので、わたしは、よく読もうと、本の上に身をかがめました。すると、その途端、涼亭の中で誰かがわたしに、ささや― 36 ―

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