畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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くたずーたい園丁が空洞へ首をかがめた時、カンテラの黄色い光が、彼の顔を照らしたのを見た。たちまち、その顔は、信じることもできない恐怖と嫌悪でサッと変った。怖気立った声をあげて、梯子からのけ反ぞり落ちた。―幸いにも二人の下僕が彼を抱きとめたが―カンテラは樹の中へとり落してしまった。 彼は息も絶え絶えだった。しばらくは口もきけなかった。 その時みんなは、またほかの事へ目を向けなければならなかった。カンテラは落ちて、樹の底でこわれた筈である。その火は、底にたまった枯葉や芥あについた。五六分のうちに、濃い煙が舞いあがり、つづいて焔を噴ふき出した。手短かに言って、樹はメラメラと燃えあがったのだった。 そこに居あわす人たちは、数ヤードへだてて輪をつくった。ウィリアム卿と主教は、人をやって、できるだけ武器や棒のたぐいを持って来させた。というのは、樹が獣の巣としてどんなふうに使われていたにしても、火で焼きつくされるだろうことは、あきらかだったから。 果してその通りだった。まず、樹の股に、焔で蔽われたまるい図体―人間の頭ほどの大きさの―が、忽然としてあらわれ、潰れて落ちるように思われた。こんなことが五六回。つづいて同じようなまるいものが空中を飛んで、草の上に落ちた。そのまま動かなくなった。主教は無理に近かづいて、それを見た。―筋っぽい、焦げた、大きな蜘蛛の死骸にほかならなかった! そして火が低く燃えさがるにしたがい、もっと恐ろしいこんな死骸が、幹から爆はぜ出しはじめた。これ等は、みな灰色の毛で蔽われているようにみえた。 その日中、とねりこの樹は燃えた。それがきれぎれに倒れるまで、人々はそのぐるりに立っていた。そしてしきりに飛び出して来るやつを殺した。すっかりなにも現われなくなるには、かなりな時間が過ぎた。みんなは用心ぶかく四方から近かづいて樹の根を調べた。 ・・・・ わけこ ― 25 ―

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