畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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トム・キャットうつろ いのち うつろ テラス ・・・・ うつろ うつろ・・・・の毒殺者等は、その方法として空気に毒を撒いたのだったが―ここに集った人達も、こうした想像を敢えてした。キルモアの主教は、とねりこの樹を見あげた。すると、低い枝の股に、一匹の白い牡猫がうずくまって、なが年の間に腐蝕してできた幹の空洞を見おろしていた。猫は、その中にあるなにかを、ひどく心をひかれて見つめているようだった。 突然猫は、空洞のふちへ這いのぼり、中へ頸を伸ばした。その途端ふちが崩れた。猫は、空洞の中へ滑り込んだ。みんなは、その落ちる音で、樹を見あげた。 誰だって、猫が叫びを発することは知っている。だが今、このとねりこの大樹の幹から出たような、こんな猫の叫びを聞いた人はあるまい。二度か三度―目撃者達ははっきりはおぼえていなかったが―その叫びが聞えた。つづいてなにか騒ぎと争いの音が、かすかに、蔽い包まれたように響いたかと思うと、バッタリ絶えてしまった。だが、メリイ・ハーヴェイ夫人はまったく気絶した。家政婦のチドックは両耳を押へて逃げ出し、台地でころんだ。 キルモアの主教と、ウィリアム・ケントフィールド卿は、そこへ残った。しかし二人とも、猫の叫びだけで、気力を挫かれていた。一二度唾を呑みこんで、やっと言った。 『あの樹には、もっとなにかあるようです。すぐ調べなくては。』 この相談がきまって、梯子が運ばれた。園丁の一人がのぼっていって、空洞を見おろしたが、幾つかのものが、動いているようなけはいが、朦朧とわかるほかには、なにもなかった。そこでカンテラをともして、綱でそれを中へおろしてみることにした。 『こいつで底を探ってみなくっちゃなりません。生命がけでございますよ、旦那様。なにしろあの恐ろしい死の秘密は、この底にあると思われますからな。』 園丁は、カンテラをもって、また梯子をのぼった。そして用心して空洞にそれをおろした。見あげている人達は、― 24 ―

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