畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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したきずあとしもべてさき か きづた まどしきいたりませんよ。』埃が一杯かかって、筋や傷痕がついていたのですが。』とうとう、鼠が常春藤を伝ってはいのぼったのにちがいないと―これは主教の意見だった。リチャード卿はその意見に飛びついた。 で、その日はなにごともなく、夜になった。来客連中は卿におやすみの挨拶をして、それぞれ部屋へ引きとった。 リチャード卿も、今、寝室―あの、祖父マシュウ卿が使った寝室にはいった。灯あ火りを消してベッドに横たわった。この部屋はちょうど厨の上になっていた。そとは静かな暖かな夜だったので、窓は開けはなしにして置いた。 ―どこからとなく、ごくちいさな光が、ベッドのあたりに現われた。だが、そこにはまた一つの奇怪な動きがあった。それは、リチャード卿が、音といえばいえる、実にわずかな音をたてて、頭を急にあちこちへ動かしているもののように思われた。また、ものまぎらわしい薄暗がりなので、卿は幾つかのまるい鳶色の頭を持ち、それが胸くらいの低さで前後に動いているようにも思われた。それは恐ろしい幻影だった。いや幻影以上のなにものでもないのか?いやそこに!そこになにか、仔猫のようにやわらかなドタリという音もろとも、ベッドのそとへ落ち、キラッと閃めいて窓から失うせ去ったものがある。つづいて、ほかの四つも―そして、そのあとは再びひっそりとなった。 “なんじ朝あにわれを求めんも、われあらざるべし”― マシュウ卿のように、リチャード卿も―ベッドの中で、黒ずんで死んでいた! この知らせに、客や下僕たちは、まっ青になって無言のまま、窓の下に集った。ローマ法王の密使というイタリア『まったくです。では、あんなにガリガリ、ガタガタした音はなんだったのでしょう。―ええ、しかも、窓閾には― 23 ―

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