畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ソルティーズ・ビブリセりました。』 『ああ、よく承知しております。クロームさんというお名前は、いつまでもこのキャスリンガムでは、通り名ですよ。二世代続いた友誼を新たにすることは、よろこばしいです。唯今なにかわたしに御用でも?お見うけするところ、お急ぎらしい御様子だが。』 『まったくお言葉の通りです。わたしはノーウィッチからバリィ・セント・エドマンズまで、できるだけ馬を急がして参ったのです。私はあなたに書類をお手渡しするため、お訪ねしたわけです。これはわたしの祖父が死に際して遺のしておきましたもので、あなたに立会って頂いて、御一緒に吟味して頂きたいのでございます。この書類には、あなたが親身な御興味をもたれるようなことが、あるように存ぜられます。』 『御懇切なことで。クロームさん、まあ、居間までおいでください。一杯さしあげながら、御一緒にその書類を拝見したい。―で、チドック、お前は今も言ったように、この寝室に風を入れて、ね。―うむ、ここはお祖父さんのなくなられたところだ。―うむ。どうもその樹が部屋を、しめっぽくするようだね。―いや、もうわしは、なにも聞きたくない。面倒なことは言わないでおくれ。わしの言いつけ通りやればいいんだ。―さあ、クロームさん、おいでください。』 二人は、居間兼書斎へ行った。若いクローム氏が持参した包み―クローム氏は当時ケンブリッジのクレア・ホールの僚友になっていて、ついでポリエナスの名著を公表した人だが―には、祖父クローム牧師が、マシュウ・フェル卿の変死の日作製した手記その他がはいっていた。 まずリチャード卿は、あの謎のような聖書卜占に向き合った。これを卿はいかにも面白がった。 『ふうむ。』と、彼は言った。『祖父の聖書は、深慮のある一忠告を与えたわけですな。―“これを伐きり倒せ”か。もし、これがあのとねりこの樹を指して言ったものだとすれば、祖父は、わたしがあの樹を、うち棄てては置かない・・・・ じい こ ― 20 ―

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