畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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葉を、思い起しました。そしてまた、この結末はどうなるだろうかと、心配しました。それは、私が、今やこの結末を防ぎ得るという希望をもたなかったからです。そして―私たちが霧の中に駆けこんだ時、私の脳裡にきらめいた凄い恐ろしい考えは、お話しする必要はありません。 太陽はまだ空に照り輝やき、そして私たちあたりになにものをも見なかったのです。それだけに却って薄気味がわるかったのでした。私たちは今や家々を過ぎ、家々と古ぼけた円砲塔の間の、細道に達しました。塔を過ぎると、そのさきは長い間、石ころのほかにはなにもない―家も、人も見えない。ただ右手は川、左手は海で、岩がちの陸の出っ鼻があるだけです。それはあなたも知ってるでしょう。 しかし、その出っ鼻のちょうど前、円砲塔のそばに、海に接近して古い砲台があることは、おぼえているでしょう。今でもあすこには、ただコンクリートの台座がすこし残っているだけだと思う。あとはすっかり波に洗い去られてしまったものの、その頃は、場所こそ一つの廃趾だが、まだかなり残っていました。で、私たちはそこへ達するなり、できるだけ敏速に台座のてっぺんへ、はいのぼりました。そこで息を入れて、もしうまく霧が晴れれば、前方の小石原を見わたすつもりだったのです。一分くらい休まなければならない。すくなくとも一マイル走ったのですから。 私たちの前方には、まるでなに一つ見えませんでした。で、二人はうなずき合って、台座から降り、しかたなくまた駆け出そうとしました。ちょうどその時です。私たちは一つの笑いともいっていいような声を聞きました。その笑いは呼吸のない、肺のない笑いとでも言ったら、わかってもらえるとも思うが、聞いたことのない人には、理解できますまい。その声は下の方から起って、霧の中へそれてしまいました。それでおしまいです。私たちが台座の壁へ、身を乗り出してみると、パクストンは、下の方に倒れていました。 彼が死んでいたことは、言うにも及びますまい。彼の足跡は、彼が砲台の脇を走り、その角を急に曲がろうとした事を示していました。そして、すこし疑わしいが、彼は、そこに待ち構えていた誰かの、ひろげた両腕の中へまっし― 169 ―

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