畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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、、、 いところでした。そこで砂づたいの方へ出ました。というのは、その道が一番淋しく、本街道からは目につかないで、誰かが危害を蒙り得るような道だったからです。 ロングは或る遠い彼方に、パクストンの姿を認めたと言いました。まるで自分の前にいる人々に、合図でもしたいと思っているように、走りながらステッキを振っていたと言うのです。私はどうも信じられませんでした。そのうち、海の霧の一部が、非常にはやい速度で襲って来ました。そこに誰だかいたようです。私にはこれだけしか言えません。ふと、そのあたりの砂の上に、靴をはいて走ったらしい誰かの足跡のあるのを見ました。そしてその足跡の前にもほかの足跡がありました。これは靴をはいていない足跡で、ところどころ、靴がその中に踏み込まれ、その足跡を踏みにじっているのでした。 おお、無論それは聞く人の想像におまかせする、唯一の私の言葉なのです。ロングはヘトヘトで気力もなくなり、私たち二人は足跡の見取図をとったり型をとったりする時間も手段も持ちませんでした。そして次の出汐が来て、すべてのものを洗い去ったのでした。二人にできたことは、急いで進みながら、その足跡を拾うだけのことでした。だが足跡はまだところどころに現われていました。そして私たちが見た足跡は、たしかにすべて裸足でした。その一つは肉よりも、ずっと骨のきわだって見える足跡でした。 パクストンのつもりでは、彼が探し求めていた友人たち〔すなわち私たち〕だと思って、あとを追っかけた―それは私たちから言えば、甚だ恐怖すべきような或るものを、追っかけたのでしょう。私たちがどんなものを想像したか、―彼が追っかけているものが、突然立ちどまって、どう彼へ振り向いて、絶えず濃くなる霧の中で、はじめは半ば姿を見せて、どんな顔をしたか―は、おわかりでしょう。 そして私は走りながら、このあわれにも不幸なパクストンが、どうしてほかのものを私たちだと思う錯誤に陥ったのかと怪しみましたが、その時、私は、彼が、『あいつはあなた方の目をくらます力をもっていますよ。』といった言― 168 ―

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