畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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した に彼を呼ぶと言って置きました。 私がまず入浴して、それから寝室のベッドにごろりとなりました。十分ばかり眠りました。ロングが入浴して居間へ行ったのと、私が起きて居間に行ったのとは同時でした。ところが、パクストンはそこにいないで、本だけ残っていました。彼の部屋へ行ってみたが、いませんでした。階下のどの部屋にもいませんでした。 二人は大声で彼を呼びました。女中が出て来ました。 『おや、あなた方はもうお出ましになったと思っていましたよ。もう一人のお客さんはお出ましになりましたよ。あの方はあなた方が、往来からお呼びになる声を聞いて、急いで走って出られたのです。わたしは喫茶室からのぞいて見たのですが、あなた方の姿は見かけなかったのです。でも、もう一人のお客さんは、あの道を下の海岸の方へ走っていかれたのでした。』 一語も応えないで、私たちはその道を駆け出しました。―その道は、昨夜遠征した道とは反対の方向でした。まだ四時にはなっていませんでした。今までのように晴れてはいなかったが、それでも日はあかるく、事実なにも不安な筈はありませんでした。人はあたりをあるいているし、たしかに誰だって、これと危害を受けるようなことは、あり得なかったのです。 でも、われわれが駆け出した時、われわれの顔色が女中を驚かしたにちがいありません。彼女は入口の段まで出て来て、指ざしながら言いました。 『そうです。その道をおいでになりましたよ。』 私たちは小石の土手のてっぺんまで駆けのぼり、立ちどまりました。そこから道が分れていました。一つは海岸の家続きを過ぎ、一つは磯の低地の砂づたいで、ちょうど汐が引いていたため、すっかり広くなっていました。ともあれ私たちは、二つの道の間の小石の上を進み、この二つの道が二つながら見わたせるようにしました。どうにもひど― 167 ―

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