畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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フラットれる人もありましょうが、事実、彼はそうした身寄りを一人も持っていなかったのでした。彼はこの町で一軒の割住宅を持っていたのでしたが、近来スェーデンにしばらく移住しようと決心していたのでした。で、住宅を片づけ、荷物を船送りして、その出発前二三週間を、この旅館でブラブラ暮していたのでした。 とにかく私たちは今のところ眠むるが一番だと思いました―私としては充分眠むれませんでしたが―そして、翌朝の様子を見るつもりでした。 ロングも私も、その翌朝が、望み通りの美しい四月の朝とは、はなはだちがっていることを感じました。そして朝食の時に会ったパクストンも、またすっかりちがっているように見えました。 『昨夜は、いつになく、かなり眠れた晩というに近かかったです。』 これが彼の言葉でした。しかし彼は私たちが予定したようにしようとしていました。ほとんど朝中は私たちの部屋にいて、それからいっしょに外出することにしていました。 私とロングはゴルフ・リンクへ行きました。そこで連中に会い午前を共にゴルフをやり、おそくなって帰ることにならないよう、早目にランチ〔朝食と昼飯の間の食事。〕にしました。依然として、死の罠がパクストンを追っているのでした。 どうしたらそれが防げたか、私にはわかりません。私は、彼がなんとかして私たちの努力に、ついて来てくれるだろうと思いました。だが、とうとうこんな事になったのでした。― ―私たちは、ゴルフから帰るなり、まっすぐ部屋へ行きました。そこでパクストンは、いかにも安らかに本を読んでいました。 『じき散歩に出るが、支度はいいかね?』と、ロングが声をかけました。『いいかね?三十分以内にね。』 『いいですとも。』と、彼は答えました。で、私は、まず二人が着物をぬぎ、たぶん入浴もし、それから三十分以内― 166 ―

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