畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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こごえ 、、、サクリリッジ 『さあ、これで王冠はちゃんとお返えししたわけだ。』と、私たちは言いました。『もうあのことは気にしないがいいさ。』(この言葉に、彼は強くうなずきました)『だって事実王冠をそこねやしなかったのだからな。そして僕たちは、あの王冠に近かづくような向う見ずな人間には、決してこのことを漏らしてはならない。こう言っても、まだ君は気持ちがなおらないのかね?僕は白状しようとは思わないが―』と、私は言って、『あの出かける途中、僕はずいぶん君の意見を―うん、なにかについて来られたことについての君の意見を、聞きたいと思ったのだよ。だが帰りには、あれは結局ついて来なかったじゃないかね?どうだね?』 たしかに、ついては来なかったのです。 『あなた方は、なにも気にかけられることはないのです。』と、パクストンは言いました。『でも、私は許されはしません。あなた方が言おうとしていられることは、よくわかっています。私はあさましい聖物窃取の罪を、まだ負わなけりゃならんのです。教会で救って頂けるでしょう。ええ、罰を受けるのはこの肉体です。たしかに、今はあの人はそとで私を待ち構えているとは思いません。だが―』 プツリと彼は言葉を切りました。そして感謝するように、私たちへ振りかえりました。私たちはできるだけ早く、彼を押しなだめて去らしました。明日はぜひわれわれの居間で過ごすようにと強しい、いっしょにゴルフをしようじゃないかと言いました。彼は、ゴルフはやれるが、どうも明日はその気になれまいと答えました。とにかく私たちは、彼に、ゆっくり眠って、明日の朝、われわれがゴルフをやっている間、私たちの部屋に来ているがいい、そして午後はみんなで散歩に出かけようと勧めました。彼はすなおにうなずいて、すべて低声で応えました。―私たちが最もいいと考えていることには、どこまでも従おうとしていること。だが、まさに来らんとしているものは、避けることも軽くすることもできないと、もうすっかり覚悟しているということ。 なぜ私たちが、パクストンを、郷里に帰えし、兄弟その他の保護のもとに、彼の安全を計らなかったのかと、問わ― 165 ―

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