畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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うやり遂とげるかは、心配するに及びませんでした。彼は王冠を埋め返えす仕事が、困難ではないと、いかにも確信しているらしかったのです。またそれは困難ではなかったのです。 まったく、私が見たこともないほどの突進のしかたで、彼は塚の側面にある、目ざす一点へ飛びかかり、そこへ穴をうがちました。たちまちのうちに彼のからだの大部分は穴にはいって見えなくなりました。 私とロングは立ったまま、彼の外套とハンカチにくるんである王冠をもち、実際おそるおそるあたりを見まわしていました。あたりにはなにも認められませんでした。後方には暗い樅の木の列が、月空を黒く区切っていました。右手半マイルばかりかなたには、更に多くの樹々と教会堂の塔、左手の地平線には田舎家と風車、前方には死んだように静かな海、それと私たちの間には月光をうけて閃めく堀があり、そのわきの一軒の田舎家には、犬がかすかに吠えていました。満月は海を越えて進みつつありました。私たちの頭上を蔽うている樅の茂りと前方の海とは、永遠のささやきをしていました。だが、このシーンとしたなかに、いつか逃げ出そうとする革紐にくくられた犬のような、なにか抑えつけられた敵意への鋭い辛辣な自覚が、私たちに非常に強くなりました。 パクストンは穴から身を引き出して、うしろざま私たちの方へ片手を差し伸しました。 『それをください。』彼はささやきました。『それをほどいて。』 私たちはハンカチを引きのけて、王冠を渡しました。彼がひっ摑んだ時、月光はそれをキラリとさしました。私はその金属の部分には触れませんでした。そしてそのため私は王冠がまったく同じものであると思ったのでした。 つづいてパクストンは、穴から出て来て、もう傷のため血を出している両手で、いそがしく土をすくい入れました。でも彼は私たちの手を借ろうとはしませんでした。こうして穴をわからないように元どおりにする仕事が、たしかに一番時間のかかった仕事でした。だが―どんなふうにやったか知らないが―彼はこの仕事をみごとにやってのけたのでした。もうこれでいいというので、私たちはすぐさま引きかえすことにしました。― 163 ―

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