畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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パースカル・ムーンうするには―実にただ一事―もし彼が王冠をもとの場所に返えす気持であるなら、助力してやろうと言いました。この話を聞いた以上、こうすることが正しいと言わねばなりません。もしこうした恐るべき結果が、彼の身の上に生じたとするなら、この王冠には、王冠元来の観念―むかしこの海岸の侵入者を防いだという不可思議な力のなにかが、真実そこに残っているのではないでしょうか?すくなくともこれが私の感情で、ロングもまたそうだったと思うのです。 パクストンは、とにかく、私たちの勧告をよろこんで受け容れました。いつ私たちは着手しようか?時間は夜の十時半近くでした。旅館の人達に怪しまれないよう、うまく口実をつけて、こんなにおそく散歩に出ることができましょうか? 私たちは窓からのぞいて見ました。空には満月―復活の月が輝いていました。ロングは旅館の靴磨きをひきとめて、うまくまるめ込もうと試みました。 彼は靴磨きに、これから散歩に出るが、あまり時間はとらないつもりだと言い、もし興に乗じてすこし長く外でぶらついたら、寝ずに待ちうけてくれるお前に、決して損はかけないと言いました。私たちはこの旅館のいい常客であり、ひどい面倒をかけたこともなく、また雇人たちにおきまり以下のチップもやったこともなかったのでした。だから靴磨きは、うまうまとまるめ込まれて、海岸へ出してくれました。後に聞いたことですが、彼はずっと私たちを見送っていたのだそうです。 私たちは、このふしぎな使命が、どんなに多く困難を伴っているものであるかを考える暇もなく、すぐさま出かけなければなりませんでした。で、私はこの点を、ごく手短かではあるが、特に話して置きました。というのは、実際、計画をたてるなり実行に移すという、火急のやり方でしたから。パクストンは、腕に大きな外套を抱えていました。その下に、王冠をくるんでいたのでした。― 161 ―

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