畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ち 、、、 りみ フライ・リーフかみそりと信ずるのです。 彼の話はこうでした。― 『この事は、私が第一回の試掘をした時からはじまったのです。そして繰り返えし繰り返えし、私を追っ払ったのでした。試掘にかかると、いつも誰か―一人の男―が、樅もの樹のそばに佇んでいるのでした。これは真っ昼間なのでしたよ。その男は決して私の前方には居ませんでした。私はいつも彼を左か右か、目尻で認めました。そして彼に振り向いて直視すると、そこには姿がないのでした。―私はずいぶん長い間、地びたにゴロリと寝ころんで、注意して観察しましたが、誰もそこに居ないことを確めると、すぐ起きあがってまた発掘をはじめました。そうすると、もう彼はそこに居たのです。その上彼は、なにか或る事をほのめかすような風ふを見せたのでした。それはこうなんです。私がホテルの部屋に戻ると、あの骨董屋で買った祈祷書が、どこに置こうと、いつもテーブルの上に取り出され、あのアージャー家の名の書いてある飛頁のところがひらかれ、閉じないように私の剃刀をその上に横にしてあるのでした。で、私はとうとう、それを鞄に入れるのをやめたのでした。 私はあの男が、鞄をあけることはできはしないと信じます。またなにかそれ以上の事が起る筈はなかったと信じます。おわかりでしょう。彼はフワフワと弱々しい男です。だが、やはり私は彼とまともに向き合おうとは思いません。そこで、私は塚にトンネルをつくっておりましたが、無論うまくいきませんでした。そしてもし私が気を張っていなかったら、私は一切仕事を放棄して、逃げ出したことでしょう。 私が掘りつづけている間、始終私の背中を、誰かがひっ掻いているような感じがしました。私はずっとそれが、ただ土の落ちて来るためだと思っていました。だが、私が王冠のありかに近かづくにつれて、その考えはまちがっていたのでした。そして、私がいよいよ王冠を突きとめ、その縁ふに指をかけて引き出した時、なんともいえぬ泣き声が、うしろから聞えました。―おお、その淋しげな悲しげな声!しかも恐ろしげに威嚇する調子もまじっているのです。― 159 ―

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