畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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もて カミオインタリオ それは銀製で―レンドルシャムの王冠は、常に銀製だったと言い伝えられていますが―幾つかの宝玉がちりばめられていました。大部分は古風な凹彫宝玉と浮彫宝玉でした。そしてむしろ素撲な―ほとんど粗雑といっていい細工でした。事実王冠は、貨幣の面おや写本の中などで見る、ああした王冠に似ていました。理窟なしにそれは、九世紀以後のものとは考えられませんでした。私は、たいへんな興味を感じ、無論手にとってそれをひっくりかえして見たいと思いましたが、パクストンは遮りました。 『さわっちゃいけません。私がやります。』と、彼は王冠を取りあげ、グルグル方向を変えながら、残る隈なく私たちに検分させてくれました。『充分ごらんになりましたか?』とおしまいにこう言ったので、私たちがうなずきますと、彼はハンカチで王冠をくるみ、鞄に納めて鍵をかけ、無言のまま立ちあがって、私たちへ顔をむけました。 『僕たちの部屋へ帰りましょう。』ロングは言いました。『そして、どんなことが悩みの種か、話して頂きたいですな。』 パクストンは感謝しましたが、『さきにおいでになりますか。見に―海岸が晴れているかどうかを見に?』 この言葉は、べつに、合点のいかぬものではありませんでした。というのは、結局私たちの態度は、べつに猜疑的でなかったからで、しかも旅館は、前にも言ったように、実際ガラあきだったからです。 でも、私たちは、うすうすある事を感知しはじめました―それがなんだか、はっきり言うことはできないが―とにかく神経過敏というやつは、感染しやすいものです。 そこで、私たちは部屋を出たのですが、ドアを開けて、まずそとへ目をやると、一つの影、或は影以上のものが―音もなく―廊下に踏み出そうとしている私たちの前から一方へ、スーッと通って行ったような気がしました(私もロングも、二人ともそう感じたのです)。 『さあ、よし。』― 157 ―

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