畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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り 基督はわが救いなり。 われ死して葬むられ、 わが骨すべて朽ちにし時、 われの全く忘れ去られし時、 神よ願わくはわれをみそなわせたまへ。この詩は、一七五四年の日附になっていました。そこにはアージャー一家の名が沢山記入されていました。ナタニエル、フレデリック、ウィリアムといった工合に。そして一九××年のウィリアムの名で終っていました。 若い男は言葉をつづけました。 『どうです。誰だってこの本を見たら、極上の掘り出し物だと言うでしょう。私もそう思いました。が、今では逆です。無論私は骨董屋に、ウィリアム・アージャーのことを尋ねました。そしていい事には、彼はウィリアムのことを思い出してくれました。ウィリアムはこの北の野っ原の田舎家に住んでいて、そこで死んだというのです。これは私には、いい手がかりをつけてくれました。私はどの家がそれだか知りました。そのあたりには、割合に大きな田舎家が、唯一軒あっただけです。 つぎに私の仕事は、このあたりの人達と、知り合いになることでした。で、そのつもりで私はすぐ散歩に出ました。一匹の犬が、この仕事をしてくれました。その犬は猛烈に私へ喰ってかかったので、村の人々は駆け出し、犬を打ちのけなければなりませんでした。そして当然私に詫びましたが、それがきっかけで、われわれは言葉をかわしました。私はいきなりアージャーという名を持ち出しました。そしてウィリアムを知っているか、或は知っているなにかを考えるといった風ふをしました。すると一人の婦人が、あんなに若くて死ぬなんて、どんなにウィリアムには悲しいことだったでしょうと言いました。そして寒い晩に戸外にいたことが死の原因だったと、確言しました。すかさず私は、― 154 ―

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