畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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しんみのざら 南方に、或るサクソン王〔昔、ドイツの北部に住んでいた種族。〕の王宮があった。それは今では海中に沈んでいると思うが、どうですか?そこに第二の王冠があったと、私は推定するのです。そして以上二つのほかに、言い伝えでは、第三のものは地中に埋もれているのです。” “その第三の王冠は、どこにあると言い伝えているのですか?”無論私は訊きました。“ええ、言い伝えてはいるのだが、どこにあるとは言わないのです。”そして牧師さんのこう答えた態度は、私にこれ以上の質問をするだけの勇気を起させないのでした。で、質問の代りに、私は、ちょっと気を変えて、言いました。“あの爺さんは、あなたがウィリアム・アージャーという人物を知っておいでだと言いましたが、それはどうしたわけですかね。なにか王冠に関係でもありそうな口ぶりでしたが。” “いかにも、それはもう一つの妙な話です。”と、牧師さんは言いました。“このアージャー一族―それはこの地方では、大した旧家です。だが私は、この一族が果して上流社会の人だったか、それとも大富豪だったか、知ることはできませんが―このアージャー一族の分れは、あの残った最後の王冠の守護者だったと、言っています。老ナタニエル・アージャーとかいった人物は、この一族で私が知った最初の人でした―私はついこの近所で生れ、育ったのでした。―そして、その人は、たしかに一八七〇年の戦争中、戦場で野営していました。ウィリアムという息子も、この南アフリカ戦争中、父と同じ野営をしていました。若いウィリアムは、かなり近頃死去しましたが、そこに最も近い田舎家に寓居していました。私は疑いもなく彼の死を急がせたのでした。というのは、野曝しと夜間歩哨のため、彼は肺病になったからでした。彼は一族の分れの最後の人でした。その最後の人だという考えは、彼には恐ろしい悲しみでした。でもどうすることもできませんでした。彼になによりも近い親身な人々は、その植民地〔南アフリカ。〕にいました。私はウィリアムについての手紙を、その人々に出して、あなた方一族に対する至急の用事があるから、来てくれるようにと懇願しましたが、返事はありませんでした。こうして第三の王冠も―もしそれがそこにあるとした― 152 ―

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