畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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、、 ンリー・ロングというのだが、たぶん知っておいでだろう(この言葉に対して、筆者は、『すこしばかり。』と答えた)―宿泊しました。そして私たちは、いつも居間をともにし、実にたのしかったです。この友達が死んで以来、私は、もうそこへ行く気はなくなりました。そして私は、二人が最後に出かけた時に起った、あの特異な事件以来、ともかくあすこへ行ったというおぼえはありません。 一九××年の四月でした。私たちはあすこへ出かけたのです。が、偶然、旅館にはわれわれよりほかに、ほとんど客がありませんでした。だから、普通の客間はみな実際ガラあきでしたが、もっと驚いたのは、昼食後、私たちの居間のドアがスッとあき、一人の若い男が、いきなり首をのぞきこましたことでした。 私たちはこの男を注視しました。なんだか兎のような感じの、血色のわるい人物―薄い髪の毛と、キョロンとした目と―だが、不愉快な人物ではなかったのです。 『ごめんなさい。ここは客間ですか?』と、その男が言った時、私たちはムッと怒りはしませんでした。『ええ、そうです。』と、ロングだったか私だったか―どっちでもいいことですが―答えました。『どうぞ、おはいりなさい。』『え、はいってもいいですか?』と、彼は救われたように言いました。無論彼が、仲間をほしがっていたのは、明白でした。そして、見たところものの理窟もわかる類の人物―自分の全家族の来歴なんかを、くどくど話すような連中でない人物―だったので、私たちは、彼に、まあらくにしておいでなさいと勧めました。 『あなたは、ほかの部屋々々が、なんだかガランとしているので、驚いたんじゃないですか。』と、私が言いました。ええ、と彼はうなずきました。だがそれは、私たち二人にとっては実にありがた過ぎることです、といったようなことを話して、私は笑いました。こうした会話がすむと、彼は持っていた書物を、読むようなふりをしました。ロングはトランプのペーシェンス遊びをし、私は手紙を書いていました。二三分たつと、この男は、なんだかもじもじそわそわしていることが、自然私にわかって来ました。で、私は書く― 148 ―

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