畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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梟 ね きず もう更ふけていた。晴れた夜だった。その時、ちょうど私の真上で、ひと声高く、ふるえるように、ホーホーと鳴く声がしたので、飛びあがった。いつもこいつで、胆をつぶされるのだ。だが、私は、梟には好意をもっていた。いま鳴いたやつは、いかにも身近かだった。私は見まわした。 ははあ、いたいた。十二フィートばかり上の枝に、むっくりととまっていた。 私はステッキで、そいつを指しながら言った。『鳴いたのは、お前だな?』 『それをお棄てなさい。』と、梟が言った。『それはただステッキというだけじゃない。ごめんですよ。ええ、無論、鳴いたのはわたしでさあ。そうでないとしたら、誰だっていうんです?』 わたしの驚きは、これで一段落ついたものとしよう。私はステッキをさげた。 『よろしい。』と、梟は言った。『鳴いたのが、どうなんですって?あなたが、真夏の夜、この通りにここへおいでだったら、なんにもありゃあしないでしょうがね?』 『まあ、ゆるしてくれ。』と、私は言った。『おれは、その言葉をよくおぼえて置くよ。今晩お前に出くわしたのは、なによりだったと申しあげたいよ。すこし話をしたいものだね。』 『ええ。』と、梟は、ぶっきらぼうに言った。『だが、わたしは、今晩、こんな思いがけないことがあろうとは、思いませんでした。今晩飯をたべようとしたとこです。まあ、あなたがあまり時間をとらなければね。―あーあ!』 突然、梟は高く叫んで、翼はを荒々しくバタつかせ、前方へかがみ、とまり木をしっかと摑んで、叫びつづけた。あ私はシープス橋から、ほど遠からぬところで足をとどめ、ただ堰せ水みの音に破られている静寂を、思い耽っていた。― 138 ―

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