畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
131/172

か かなてこかなてこな激動状態に陥り、この計画を中止して、彼等の部屋のどちらかに閉じ籠もろうと言い出した。 だが、彼がこの考えを言っていた時に、旅館の主人と、二人の屈強な男がやって来た。みな慎重な警戒するような面持だった。イェンゼンは、彼等に早口で事の詳細を説明した。が、それで彼等は戦う勇気をたちまち失ってしまった。 二人の男は、持っていた鉄挺をバッタリ落した。そして躊躇なく、こんな悪魔の巣窟へ、いのちがけの危険を冒かして飛び込む気はないと言った。旅館の主人は、みじめにも、いらいらおろおろしていた。それはもし危険に刃向って行かないことになれば、ホテルは破滅するばかりだし、といって彼は到底自分で刃向うなんて気にはなれなかったからだった。幸いにもアンダーソンは、このへたばたった気力の活路を発見した。 彼は言った。『これが随分評判の、デンマーク人の勇気なのかね?ここにいるのは、ドイツ人一人じゃない筈だ。そうだとしたら、敵一人にわれわれは五人の筈だ。』 二人の下男とイェンゼンは、この言葉に刺戟されて奮い起った。猛然とドアへ突進した。 『待て!』アンダーソンは言った。『あわてちゃいけない。御亭主、あなたは灯あ火りを持って、そとにお立ちなさい。そして君たち二人の誰か、ドアをぶちこわすのだ。ドアが潰れても中へ飛び込んじゃいけないよ。』 下男二人はうなずいた。若い方が足を踏み出し、鉄挺を振りあげた。上の鏡板めがけて力まかせの一撃を加えた。ちっとも予想通りの結果にならなかった。木は裂けも砕けもしなかった。ただ頑丈な壁でも撃ったように、にぶい音をたてただけだった。若者はアッとひと声叫んで、鉄挺を取り落した。そして肱をさすった。一瞬みなの眼は若者に向けられたが、つづいてアンダーソンが再びドアへ振りかえると、ドアは消え失せていた。―鉄挺のかなりな深傷を受けた廊下の漆喰壁が、じっと彼の前に立ちはだかっているのだった。第十三号室の姿は、なくなっているのだった! しばらくは皆、まったく無言のままで、白壁を凝視するばかり。―階下の庭から一番鶏の鳴くのが聞かれた。アン― 131 ―

元のページ  ../index.html#131

このブックを見る