畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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踊りつづけめ更になお、 われ法律に馴染む身ぞ、 そしらばそしれなんのその、 もし旅館の主人が、この時ドアをノックしなかったら、おそらくべらぼうな長詩篇を、読者に提供し得たかも知れない。 部屋のはいって来た時の、愕然とした顔色から判断して、クリステンゼン氏も、アンダーソンが撃たれたように、部屋の中のなにか異常な様子に、ハッと撃たれたらしかった。だが彼は、なにも言わなかった。 アンダーソンが見せた写真は、彼を大いに興がらせた。そして彼はまた、いろんな自伝的な話題をもち出した。そんなことで、もしこの時、あの隣りの弁護士が、唄いはじめなかったら―むやみに酔っぱらっているか、それとも気が狂っているかというよりほかには考えられないやり方で、唄いはじめなかったら―会話の筋を、目的の第十三号室に転ずることができたかどうかは、わからないところだった。 ふたりが耳にしたのは、高い細い声だった。そして長い間使ったことのないような、乾ひからびた声のように思われた。それは言葉であり調子であることには、疑いもなかった。唄は、びっくりするほど甲高くなるかと思うと、たちまち低く、まるでがらんどの煙突にこもる冬風か、空篌のこわれたオルガンかといったように、絶望的な呻きになった。それは実際おそろしい響きだった。もし自分一人がここにいたら、きっとちかくの旅商人の部屋へ、助けてくれと逃げ込んだにちがいないと、アンダーソンは思った。 旅館の主人は、ポカンと口をあけたまま腰かけていた。彼等が抗議愚弄せん。― 127 ―

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