畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
125/172

主人の確言によって、アンダーソンは幾分安心したものの、まだ迷った。で、彼は、果して自分が錯覚のとりこになったのかどうか、それはともかく、主人を、その晩おそく、自分の部屋へ喫煙においでなさいと招くが最上の方法だと考えるようになった。ちょうど持っていたイギリスの町々の写真が、招くにいい言い訳となった。クリステンゼン氏は、うまく籠絡に乗った。非常によろこんで招きを承知した。十時頃参りましょうと言ったので、アンダーソンは、その前に数通書かねばならぬ手紙があったため、一応部屋へ戻った。こう白状することは、いかにも恥かしいが、彼は、第十三号室の存在問題について、まったく神経質になっていたことは、打消し得ざる事実であった。その極彼は、第十三号室の前を、第十三号室のドアのあるべき場所を、通りぬけたくないために、第十一号室の方を過ぎるようにして、第十二号室なる自分の部屋へ行った位いだった。 部屋へはいるなり、彼はすばやく、念入りにあたりを見まわした。そこには部屋がいつもよりも小さくなって見えるという、あの解釈し難い感じのほかは、彼の疑懼を証するに足るなにものもなかった。また今夜は、例の旅行鞄の有無に関する問題もなかった。というのは、鞄の中のものをすっかり取り出して、空鞄をベッドの下へ押し込んで置いたからだった。努力して彼は、心の中から、第十三号室という懸念を追い出した。そして手紙を書くため椅子によった。 隣室は、まったくシンとしていた。時にドアが廊下の方へ開かれて、編上げ靴が投げ出されたり、客の旅商人がなにか口の中で鼻歌をうなりながらあるいた。そとでは、おりおり荷馬車が、ひどい石ころ道をガタガタと通って行ったり、敷石の上をせわしげにあるく人の足音がしていた。 アンダーソンは手紙を書きおえて、ウィスキー・ソーダを注文した。それから、窓へ行って、向うの平塀とその上に映る影を研究した。 彼が気に留めている限りでは、第十四号室は、弁護士が占領していた。食堂でもほとんど口をきかず、いつも皿の― 125 ―

元のページ  ../index.html#125

このブックを見る