畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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『で、あなたがこの家へ来られた時、第十三号室なんて部屋はあったのですか?』 『いや。それをお話ししようとしているんですよ。御存じのように、こうした旅館で、普通受け入れるお客さんは、商人階級―旅商人階級なんです。そうしたお客さんたちを、十三号室に入れたらどうでしょう?お客さんは即刻、でなくともそのうちに街路へ出て寝るでしょう。私個人としては、部屋の番号なんて、まるで問題じゃないのです。だからよくそうお客さんたちに言ったのです。だが、お客さんは、その番号にこだわるのです。その番号の部屋は縁喜が悪いというんです。十三号室に泊って、そして二度とふたたび、そんな部屋には泊ろうとしなかったお客さんの間には、いろんな話があるんです。大事な得意先を失うとか、なんとかかとかね。』と、主人は、なお写生的な言いぷりを考えながら言った。 『じゃあ、あなたのうちでは、第十三号室をなんのために使っているのですか?』と、アンダーソンは訊いたが、問題の重点とは、まるでちぐはぐに、妙な気がかりな言葉を口にしたものだと、自分でそう思った。 『うちの十三号室ですって?へえ、私はこの家には、そんなものはありはしないと、申しあげてるじゃありませんか。私はあなたがそのことを、認めてくだすったと考えていましたが……もし、その部屋があったとしたら、あなたのお部屋のつぎになっているはずですがね。』 『ええ、そうです。ただ、今ふっと考えたことなんですが、―つまり私は、昨夜、その番号の部屋を、あの廊下で見かけたと思うんです。ええ、実際、まったくまちがいなくね。というのは、一昨夜も、同じくその番号の部屋を見たのですからね。』 無論、主人のクリステンゼン氏は、アンダーソンが予期したように、この意見を軽蔑するように笑った。彼は、このホテルに、第十三番室は決してないし、彼が引き移る前にもなかったという事実を、あまたたび繰りかえして強調した。― 124 ―

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