畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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フェニックスコールヅン・ライオンである。 午後、アンダーソンは、ちょっとハルド町へ出かけた。そしてベツケルンド街でお茶を飲んだ。知性の点でいささか神経質にはなっていたのだが、彼は今朝恐怖に追いやられた経験のような、視覚や頭脳の失敗の或る徴候があったことに、気がつかなかった。 夕食の時、彼は旅館の主人のそばへ行った。なにかさり気ない話をしたあと、彼は訊いた。『このデンマークへ来ると、大抵のホテルで、十三号という部屋番号がはぶかれていますが、いったいどういうわけですかね?このホテルにもないようですが。』 主人はおもしろげにうなずいて、『そんなことをお考えなさるとは、あなたもそんことにお気づきなんですな。私もそのわけを知ろうと思って、自分で一二度考えたことがありました。そして言いました。教育をうけた人間には、こうした迷信的な観念には用がないってね。私はこのヴァイボルグの高等学校で学びました。私達の老先生は、いつも、こうした種類の事には一切顔をそむけるお方でした。先生は、もう大分以前になくなられました。―立派な毅然たる人物で、頭脳とともに手もすばやく働くのでした。その少年時代を思い出しますよ。ある雪の日でしたが―』さしさわりがあるとは思わないのですね?』 『ああ、そうですとも。ごらんの通り、私は貧乏な老父に、この家業をするように育てあげられたのでした。父ははじめアールフースでホテルを経営していました。それから私たちが生れてから、このヴァイボルグへ移ったのです。ヴァイボルグは父の郷里なんで、死ぬまでこの土地の不死鳥ホテルを経営しました。それは一八七六年のことでした。それから私はシルケボルグで家業をはじめ、つい一昨年、私はこの金獅子ホテルへ引き移ったのでした。』 つづいて彼は、引き継いだ当時の、この旅館や営業の状態を、こまごま話した。と、追憶の中へ飛びこむので、アンダーソンは口を挿んだ。『では、あなたは、十三号室をもつということに、格別― 123 ―

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