畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ショック 翌朝アンダーソンは、湯やその他を持って来た「間抜け者」に起された。目をあけた彼は、正しいデンマーク語を考え考え、できるだけわかるように言った。 『おい。お前は私の鞄を動かしちゃいかんよ。どこへやったのだい?』 こんなことは珍しいことではないというように、その「間抜け者」―女中は笑った。そしてろくろく返事もしないで出て行った。 アンダーソンは、むしろ怒って、ベッドに身を起し、女中を呼びかえそうとした。が、彼はまっすぐ前方へ目を見はったまま動かなかった。そこに、鞄は、彼がはじめ到着した時、運搬夫が置いたと、全く同じ場所の足台の上に、のっかっているのだった。これは注意力の精確さを誇る人間にとっては、とんでもない衝撃だった。どうしてこの鞄がまあ、昨夜、ここから逃げ出したのか?彼はわかるような顔はしなかった。しかし、とにかく、今、鞄はそこにあるのだった。 ところで日光は、鞄のありか以上のものをあきらかにした。それはこの三つの窓をもつ部屋のほんとうの恰好を示してくれたことで、昨夜妙に狭いと思われたのが今朝はそうでなく、アンダーソンは、やっぱりこの部屋を選んでよかったと満足した。ざっと着物を着かえた時、彼は天気工合を見ようと、まん中の窓からのぞき出した。すると、またギョッとすることに出くわした。昨夜はよっぽどぼやぼやしていたにちがいない。だが、ベッドへはいる前に、たしかに右側の窓で喫煙したことは、十遍の上も誓っていい。ところが、今見ると、吸殻はまん中の窓の閾に置かれているではないか。 彼は朝食のために下へ降りて行こうとした。すこし寝過ぎていた。だが、十三号室は、もっと寝過ぎていた。そのドアの前にはまだ編上げ靴が置かれていた。―紳士の靴だった。だから十三号室の人物は男だった。女ではなかった。その時彼はドアの上の番号を見た。それは第十四号室だった。ではうっかり十三号室を、通り過ぎたにちがいないと― 121 ―

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