畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
12/172

ぎょうそうマシュウ卿は、夫人をとらえようとしたが、二度とも自分があやまって音をたてたので、いつも夫人に気づかれてしまった。そして卿が庭に駆けおりた時見たものは、荘園を横切って村の方へ走る、一疋の兎だった。 三度目の晩には、卿は努力して全速力を出した。そしてマザーソール夫人の家へ、まっしぐらに追っかけた。だがドアをたたいても十五分ばかり待たされた。夫人はひどくプリプリして、いまベッドから出たような、眠むげな顔をしながら出て来た。卿はなじったが、なにも答えらしい答は得られなかった。これがおもな証拠となって、教区の他の人達からも、ずいぶん注目すべき、非常な同情があったにもかかわらず、マザーソール夫人は有罪となり、死刑を宣告された。裁判の一週間後、夫人は、五六人以上の、同様に不幸な仲間といっしょに、バリィ・セント・エドマンズで、絞首刑に処せられた。 州執行官代理だったマシュウ・フェル卿は、その死刑執行に立ち会った。陰鬱な、目まいのしそうな三月の朝、ノースゲートの外の、絞首台が設けられた雑草の茂った丘へ、馬車を駆った。ほかの囚人達は、悲歎のあまりぼんやりして、崩く折おれていた。だがマザーソール夫人だけは、死に直面しても、生前のごとく、いかにも異様な性質をあらわしていた。当時の記録係はこうしるしている。る者はみな、彼女が荒ぶる悪魔の生きながらの形相を示したる事を、断言して止まざりき。彼女は、並みいる法官に対しては、なんらの抗議も口にすることなかりしと雖も、彼女を絞首台上に引き行く者を見あげたるその形相の凄まじさと毒々しさは―後に彼等の一人がわれに確言するところによれば―実に、半歳を経るもなお、そを思うだに深く心に慄然たるものをおぼえしむるほどなりき。』 ところで、この記録には、夫人が死にあたって、なんだかわけのわからない言葉をいったとしるしてあった。それは、『いまにキャスリンガム・ホールには、お客があるだろうよ。』といった言葉で、夫人は低く、二度三度と、これ『彼女の毒々しき憤怒は、立会人見物人はおろか、実に刑執行人にすら、恐ろしさを感ぜしめたり。彼女を目撃せ ず ― 12 ―

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る