畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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大変な難問なのですよ。私はずいぶん注意して、古代ヴァイボルグの地誌を研究したのです。だが、実に悲しむべきことには―僧正の所領だったという土地の記録がなくなっているのです。それは一五六〇年に作製されたもので、この町の財産目録が記入してあり、大部分アルキーフ寺に保管されていたのです。いや、まあいいです。いつかは私は、フリース僧正の事蹟を探り出して見せますよ。』 それからなにか散歩をしたあとで―私は、彼がどうして、どこでしたのか、はっきり知らないが―アンダーソンは、夕食、トランプのペーシェンス遊び、就眠のために、金獅子ホテルへ帰った。 自分の部屋へ行く途中、彼はふと、このホテルから第十三号室を取り除くよう、旅館の主人に話すのを忘れていたことを思い出した。だがまた、それを話す前に、第十三号室が実際あったということを、一応たしかめて置こうと思った。 この決心は実行上ぞうさもないことだった。その番号の部屋は、まさに明白にそこにあったし、やるべき仕事は、つまりその中へはいって行けばいいのだった。というのは、彼が今またドアに近か寄った時、そのうちらで、足音と声を聞いたからである。 番号をたしかめるため、彼が佇んだ二三秒の間、うちらの足音はやんだ。どうやらドアのついそばらしい。そしてなにかいかにも激昂している人物のような、せわしげなシュッシュッという呼吸を耳にしたので、びっくりした。で、自分の部屋へはいったが、部屋の大きさがまた、この部屋を選定した時よりも、ずっと小さくなっているので驚いた。これはちょっと、ほんのちょっと失望すべきことだった。もしほんとうに大きくないのだとわかれば、わけなく部屋をとりかえてもらうことができるのだった。ちょうどこの時、彼はなにか―私の記憶している限りでは、ハンカチだったと思う―を、旅行鞄から出したいと思った。その鞄は運搬夫が、置くにも事をかえて、ベッドからもっとも遠い、部屋のむこうの壁に立てかけてある足台の上へ、置いて行ったのだった。ところが、実にへんな事には、鞄は見えな― 119 ―

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