畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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とつて 食事の合図のベルが鳴る二三分前だった。彼はこのわずかな時間を、宿泊人名表を調べることにあてた。デンマークの常習では、宿泊人の名は、大きな黒板に掲示されるのだった。その黒板には縦横の線が引かれ、横線のはじめには各部屋の番号が書きこまれていた。表にはべつに変ったこともなかった。一名のドイツ人の弁護士と、コッペンハーゲンから来た、数名の旅商人の名があるだけだった。ただ一つだけ気がかりの種ともなった点は、部屋へケチをつけられるため、十三という番号が、とり除かれているということだった。アンダーソンは、デンマークのいろんなホテルで経験して、すでに何度かこのことに心づいていた。ところで彼は、この特殊の番号へ向けて、文句をいうことが、たとえ通例だというにしても、どうしてそんなに広く根強くひろがり、そうした札をかけた部屋を貸すことを、困難にしているのかというわけを、怪しまずにはいられなかった。で、彼は、旅館の主人に、一体あなたや同業者達が、十三号室にはいることを断わる沢山の客に、実際出くわしたことがあるのですかどうですかと、訊いてみようと思った。 夕食の時、どんなことがあったか、それについては、アンダーソンは、なにも私に語っていない。そして夜は、着物や本や書類の荷をほどいたり整理をするだけに過して、更にこれということもなかった。 十一時頃、彼は床に就こうと思った。しかし彼には、今日多くの人がやるように、眠りに入るため、印刷物を二三ページ読むことが、まったく必要な予備工作だった。で、今彼は、汽車の中で読みさしておいたいい本を思い出した。その本はその時読むには、なによりもって来いのもので、食堂のそとの懸け釘にかけておいた外套のポケットに入れてあった。 すぐ駆け降りて取って来た。廊下はすこしも暗くなかったので、もどって自分の部屋を見つけることも、面倒ではない―と、まあ、そう思った。だが、部屋のドアへもどって、ドアの把手をまわしたら、ドアはまったく堅く閉じて開かなかった。しかし彼は、うちらから、なにかドアの方へ、急に動いて来る物音を聞いた。無論彼は、そのドアが、― 116 ―

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