畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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うちら 、、、、、、、、 屋の名にかかわるようなことは、一切口外しないと、弁解もし保証もしたのだが、ベッツも、そして恐らく妻君はなおさらのこと、それを受け容れないようだった。だが、とうとうわかってくれた。汽車にはもう間にあわなかったので、トムソンは馬車で町に行き一泊することにした。彼が出かける前、ベッツ夫妻は、ほんのわずか知っていることを彼に話した。―『その男は、ずっと以前、ここの主人だったということです。そしてあの沼地のあたりを縄張りにしていた山賊達と懇意になったのでした。それが身の破滅になりました。鎖で絞首されたのだそうですが、あなたが御覧になったあの石が、絞首台の跡だということです。ええ、漁師達がそれを取り除のけたのだと思いますね。海の方からそれを見ると、漁がないというんですからね。ええ、わたし達も、この家にはいる前に、この家をもっていた人達から、わけを聞きましたよ。“あの部屋は閉しめて置け。だがベッドは持ち出しちゃいけない。そうすれば変なことはない”っていいました。それからもうなにごとも起らなかったのです。一度だってあれがこの家に現われたことはありません。たとえあれがなにかしたところで、噂は立たないのです。ともかく、わたし達がここに住んでから、あれを見たというのは、あなた一人ですよ。わたしは決してあれを見たこともなければ、見ようとも思いません。ずっとこのかた、わたし達は、厩を女中部屋にしましたので、それで面倒はなくなりました。ただお願いですから、あなたも一切黙っていてください。こんなことをしゃべられた家が、どうなるかってことをお考えになってね。』―この事実に、もっと事実を加えて、話したのだった。 沈黙の約束は、長年保たれたのだった。遂に私がこの話を聞き出したいきさつは、こうだった。―トムソン氏が、私の父のところへ滞在した時、彼にあてがわれた部屋へ、私が案内することになった。ところが、部屋のドアを開けようとすると、彼はツカツカと進んで、自分でドアをパッとあけた。しばらく入口に立ち、蝋燭をささげて、仔細に内部を眺めた。それから我に帰ったように言った。『ごめんなさい。大変ばかげた真似で。でもわたしは、こうしないではいられないのです。変なわけがありましてね。』―そのわけを数日後、私は聞いたのだった。そして今、読者も聞いた― 110 ―

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