畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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わざわいウィッチウィッチるなら、右手にすばらしく大きな、とねりこの老樹を認める筈だ。塀のつい五六ヤードそばに生い茂っていて、その枝を建物に触れるか触らぬかにひろげている。筆者はこの樹が、キャスリンガムが城塞でなくなり、濠は埋められエリザベス朝式の住家が建てられた以来も、ずっとそこに立っていたのだと思う。すくなくとも、この樹は、一六九〇年に、ほとんどその全広袤を占めたのだった。 その年に、このキャスリンガム・ホールのある地方は、多く魔女裁判が行われた場所だった。筆者は思うのだが、むかしの、魔女に対する一般的恐怖の根本にある確かな理由―もしそこになにかの理由があるとするなら―は、その理由全体に正しい批判が与えられるまでには、ずいぶんな年月を要したのだった。この魔女への疑いを告訴した人々が、実際魔女たちが、ある種の異常な力をもっていたと思ったのか、あるいは力でなくとも、すくなくも、魔女たちが人々禍害を加える意志をもっていたと思ったのか、あるいは、魔女たちの多くが、魔女発見者のひたすらに残酷な拷問で無理やりに白状さされたのか―これ等のことは、筆者の想像では、なお解けざる疑問なのである。そしてここに揚げる奇譚は、筆者をためらわせる。筆者はこれを単なる作り話だとして、一概に斥けることができない。読者自身の判断にまかせなくてはなるまい。 キャスリンガムでは、異教徒裁判所へ一人の囚人を送った。それはマザーソール夫人という女だった。夫人は普通の田舎魔女とちがって、むしろ相応な生活をしており、かなり有力な身分だった。教区の評判のいい五六の農夫は、彼女を救おうと骨折った。彼等は夫人の性質を懸命に証言し、賠審官の評決には非常な期待をかけた。 だが、この夫人に致命的だったのは、マシュウ・フェル卿という、キャスリンガム・ホール〔ホールは、領主または大地主の住宅。〕の持主の証言だった。マシュウ卿は、家の窓から、三度までも夫人の行為を見たと証言した。満月の晩で、夫人は、『わたしの家のそばの、とねりこの樹から』小枝を集めたというのである。夫人は肌衣一枚で枝によじのぼり、異様に曲ったナイフで、小枝を切り取った、そしてその時、なにかひとりでブツブツ言うようにみえた。 ― 11 ―

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