畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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、、、、、、 、、、、 まどしきみに、なんのあぶない秘密なんかあるもんかと確信して、自分の部屋の鍵をとりに行った。そしてそれが手ごたえなかった時、また三つほかの部屋の鍵をとって来た。その一つがうまく合った。戸が開いた。部屋には、西と南をのぞむ二つの窓があった。それでなかは一杯にあかるく、日光は実に暑かった。どこにも敷物一つなく、ただむき出しの床板。額一枚もなく、手洗い台もない。ただ、ずっとむこうの隅に、ベッドが一つあるだけ。そのベッドは鉄製で、薄青い格子縞のおおいのかかった、蒲団と枕が置かれていた。 御想像の通り、なんのへんてつもない部屋―しかし、そこに、トムソンを大急ぎで、だが、とにかく落ちついて外へ出て、うしろにドアを閉めさせ、廊下の窓閾へよっかかり、実際全身をガタガタ震えさせた、あるものがあった。それは、おおいの下になにかねかされているのだった。いや、ねかされているばかりでない。動いているのだった。それはだれかで、たしかになにかではなかった。というのは、首のかたちが、まちがいなく枕にのっかっているのだった。しかもその首は、すっかり蔽われていた。蔽われた首でねているなんて、死骸のほかにあるものでない。しかもこれは死骸ではなかった。たしかに死骸ではなかった。だってそれは、ムクムクもちあがって、ブルブル震えていたではないか。 もしトムソンが、これを薄暗がりか、チラチラする蝋燭の光で見たのだったら、彼はホッとして、妄想だと言っただろう。だがこのあかるい日中に、そんなことの言えた義理ではない。どうしたら?なによりもまず、ドアに鍵をかけた。おっかなびっくりで、ドアに身を寄せ、かがみ込み、息をのんで耳をすました。たぶんそこには、重っ苦しい呼吸のひびき、そして平凡な解釈があり得たばかり、あたりは、まったくシーンとしていた。だが、また彼は、幾分わななく手で、ドアの穴に鍵を差し込んだ。そして唸った。ガチリと鳴った。―その途端、よろめくように踏んづける足音が、ドアのほうへやって来るのが聞えた。 トムソンは、まるで兎のように、自分の部屋へ逃げ込み、ドアに鍵をかけた。だが、それはたしかに無駄だとわか― 107 ―

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