畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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かたかたかたかたしっくいかた 東イングランドをずっと旅行した人は、誰でも、ちいさな田家―どこやら湿っぽい建物で、普通イタリイ風の、まず八十エーカーから百エーカーもあろうという耕野にとりまかれた田家を、知っているはずだ。筆者には、これがいつも非常に強く目につくのだ。裂けたけだかい灰色の樫の樹、芦の生い茂った沼、遠い森の線― そこで筆者は、柱廊玄関が好きである。―十八世紀末の、ギリシャ趣味を漂わした漆喰細工のある、アン女王〔一七〇二年より十三年間在住したイギリス女王。〕頃の赤煉瓦の館やにくっついていたような柱廊玄関が好きである。ホールは、内部は屋根にのぼれるようになっていて、どのホールも常に美術品とちいさなオルガンが備えつけてあるようなホールだ。また筆者は、図書室が好きである。十三世紀時代の詩篇から、シェークスピア四折判本までもっているような図書室である。無論筆者は空想が好きである。なかんずく、こうした館やが建てられた当初の、その中の生活を空想し、また今とはずっとちがって、たとい金は多くもたなくても、趣味ももっと変り、生活もまったく面白かった頃の、地主華やかなりし泰平の世の生活を空想することが好きである。筆者は、こうした館やの一つを持ちたいと思う。そしてその館にそぐわしいだけの金をもち、そこにつつましく友達をもてなしたいと思う。 だが、まあこれは、本題をはなれた話である。筆者は、ここに描叙したような館やに起った、ふしぎな事件の数々を語りたい。 それは、サッフォークのキャスリンガム・ホールで起ったことである。筆者はこの話のあった時代以来、この建物について行われたいろいろのことを考えるが、筆者が描叙した主要の特徴は、まだそのまま存している。―すなわち、イタリア式柱廊玄関、外部よりも内部が古びている白い館の四角な一廓、森でかこまれた荘園や、沼― ほかの家とは、ぐっとちがっているその館やの一つの特徴は、もうなくなっていた。読者がそれを荘園から目を向けポーティコ クオートポーティコ とねりこの樹― 10 ―

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